第46話

 家に入ると、静かな薄暗い部屋に出迎えられた。

 

「陽平、まだ帰ってへんのや……」

 

 少しの落胆と安堵で、ふうとため息を吐く。

 明かりをつけて、ぼくは洗面所で手を洗った。冷たい水でうがいをすると、気もちがしゃっきりする。

 ……陽平には、「話したいから帰ってきてね」ってメッセージを送ったし、ちゃんと既読もついた。なら、ぼうっと待ってても仕方ないよね。

 

「よしっ。気分転換に、ごはん作ろう!」

 

 ぱちんと頬を叩き、エプロンを身につける。

 陽平が何時に帰ってくるにしろ、お腹に優しいものを作っておこう。話し合いをするのに、あんまり重い物って食べられへん気がするし。

 

「だしまき玉子とー、鳥そぼろのあんかけで……大根と、人参もいれようかなぁ」

 

 そうと決めれば、さっそく調理に取りかかる。お米を炊いて、お野菜の皮を剥いて。――こういう作業してると、不安を忘れられて、いいなあ。

 あっという間に、煮物をコトコト煮込む段階になって……ぼくは時計を見た。

 

「もう七時前……大学に戻ったにしても、とっくに終わってるはずやのに」

 

 ダイニングのテーブルに座って、何度もスマホを確認する。――連絡も、きてない。

 思い切って、電話をかけてみる。

 

「……出えへん」

 

 えんえん続く呼び出し音に、しょんぼりしてスマホを置く。

 

 ――陽平……今、どこにいるんやろう。すっごい怒ってたし、帰ってくるつもりなかったりして……


 それとも――蓑崎さんの元へ戻った……とか?

 一瞬、過った考えに、頭をぶんぶん振る。


「大丈夫、そんなわけないっ。婚約者さんが一緒にいてるって、宏兄言ってたもん……」


 陽平は、蓑崎さんのことが心配やから、送り迎えをしてるわけで。婚約者さんが側にいるなら、必要ないやん。

 やから、大丈夫。わずかに安堵して……へちゃりとテーブルに崩れてまう。


「はあ……」


 ため息をついた。

 これくらいで、動揺しちゃうなんて……ぼく、相当ストレスに思ってるんやろうか。


――あの二人が、一緒にいるかもって思っただけで……胸が苦しい。


 二人は仲の良い友達同士やって、説明されたし、わかってるけど。――もう、その説明だけでは、納得できひん自分がいて。


「だって、蓑崎さんが困ってることも……それはわかるよ。でも、ぼくだって……」


 甲斐甲斐しく蓑崎さんの世話を焼く陽平を思い浮かべ、きゅっと唇を噛みしめる。

 陽平……ぼくのことは、心配じゃないの?

 友だち思いで、律儀な陽平のことが好きや。でも、流石にしんどいよ。 


「……そのくせ、宏兄とぼくを疑うようなこと言ってくるし……! もう、わけわからへんっ」


 思い出すだけで、むかむかと怒りが込み上げてくる。

 宏兄のことは、陽平も知ってるのに……あんなに失礼なこと言うと思わへんかった。


「だいたい自分らかて、いつも一緒にいるんやから。幼馴染って、そんなんやないのわかるはずやんな」


 ぼくは、ぐっと拳を握る。

 ――決めた。今日は、ここのところを頑張ろう。ぼく達への誤解を、何としてでも解いてもらわなきゃ。

 決意を新たにしていると、スマホが震えた。


「あ!」


 もしかして、陽平?

 慌ててスマホを取りあげ、画面を見て――驚きに目を見開く。


「え……!?」


 そこには、意外な人の名前が表示されていた。

 ぼくは、動揺しつつ……ともかく、受話器を上げたのやった。


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