第3話
「じゃ、そろそろ行くね。成己くん、お世話様でした」
「いえいえ! 大したお構いも出来ませんで」
もう授業に行くらしい蓑崎さんを、玄関まで見送った。にこやかな彼には申し訳ないけど、ちょっとホッとしてる自分がいる。
すると、背後からドタバタと陽平が追いかけてきた。肩には、登校用のリュックをかけている。
「陽平、なにしてんの? 今日は一限ない日やろ?」
「あー……別にいいだろ」
不思議に思って聞くと、陽平はばつが悪そうな顔で濁す。答えたのは、蓑崎さんやった。
「ああ、ごめんね。こいつ今日、俺のノート係なんだ」
「えっ?」
「三限に出す予定のレポート、いまいち気に入ってなくてさ。でも授業のノートは取らないと、テストのとき困るじゃない? そしたら、陽平が手伝ってくれるって」
ぼくが振り返ると、陽平は舌打ちした。
「何、都合よく言ってんだよ。頷くまで聞かなかったくせに」
「あはは、知らないの? 弟分は、兄貴の言う事に逆らっちゃいけないんだぜ」
仲良く小突き合う二人に、ぼくはポカンとしてまう。
「え、じゃあ、陽平はもう行くん?」
思わず聞き直すと、陽平は「そう言ったろ」と放るように言い、靴を履きだした。蓑崎さんは、「エレベーターをつかまえてくる」と、先にマンションの廊下に駆け出て行く。
「じゃ。晩メシはいらねえ」
さっさと後を追おうとする陽平に、ぼくは慌てて、朝に話そうと思ってたことを伝えた。
「ち、ちょっと、待って。ぼく、今日は定期健診やからね。なるたけ、はよ帰ってきてな?」
「あー」
気もそぞろの返事に、ちょっとむっとする。
ぼくの気持ちをよそに、陽平は早足にドアを潜った。――と思ったら、大慌てで戻ってくる。
「今日、健診なら、街に行くんだろ。ついでに、桜庭宏樹先生の新刊、受け取っといて」
「あっ……うん」
手にぎゅっと予約票を握らされ、おろおろと頷く。
「陽平~! 何してんの、遅れる!」
「わかってるって!」
蓑崎さんの声に怒鳴り返し、陽平は駆け出て行った。
「あ――いってらっしゃい!」
ドアから顔を出し、陽平を送り出す。返事の代わりに、賑やかに言い合う声が遠ざかっていった。
なんだかなあ、と思ってしまう。
朝ごはんの後片付けをしながら、ぼくはため息を吐いた。
「陽平、最近遅い日ばっかやのに……蓑崎さんのために、わざわざ学校行くん?」
そりゃ、友達のために授業の手助けをするくらい、普通のことやとは思う。陽平は気前のええとこあるし、そういうところも好きやけど……
こんなに引っかかってしまうのは――やっぱり、相手が蓑崎さんだから、なんやろうか?
ぼくは、キュッと蛇口を閉めた。
――蓑崎さんは、陽平のひとつ年上の幼馴染だ。
お隣同士の家に住んでいた二人は、兄弟のように育ったらしい。中学生の時に、蓑崎さんが海外に留学して、それから会ってなかったみたいなんやけど。
「初めまして、成己くん。俺は蓑崎晶。これからよろしくね」
陽平が大学の二回生になった、今年――蓑崎さんは、ぼく達の家に遊びに来た。なんでも、大学のサークルで偶然に再会したらしいねん。
婚約者と、すごく綺麗な人が親しげに肩を組んでいて、ぼくは鳩が豆鉄砲状態やったと思う。
陽平は、いつになく浮かれた調子で、ぼくに蓑崎さんを紹介してくれた。
「こいつ、晶はオメガだけどさ。……まあ、俺の兄貴みたいなもんだから。余計なこと、勘ぐるなよな」
「そうそう。俺も、ちゃんと婚約者がいるから安心してね。そもそも陽平なんか、ぜんっぜん俺のタイプじゃないし」
「んだとぉ!?」
和気あいあいとじゃれ合う二人に、なんとなくモヤモヤしてしもたん、覚えとる。
でも――二人の言う通り、蓑崎さんの左手の薬指には、銀色の指輪があったし。ぼく自身、兄のように思う人がいるのもあって、「そんなものか」と思うことにしたんやけど。
「なーんか、いやなんよなあ……ぼく、ヤキモチ妬きなんやろか」
はふう、と長くため息を吐く。
今朝みたいなことは、蓑崎さんが来てから、ぼくと陽平の新しい日常になりつつある。
蓑崎さんは、陽平の友人曰く、大学でもずっと一緒におるらしいし。ぼく達の家にも、ほぼ毎日やってきて、陽平もそれを歓迎してる。
でも、ぼくは……仲の良い二人を見てると、自分がどんどん一人ぼっちみたいに思えてきて、つらかった。
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