第2話

「仕方ねえだろ? しょうのやつ、終電逃したからって、「ネットカフェに泊る」とか言いだすんだぞ。放っておけねぇじゃん」

 

 ぷんぷんしながらオムレツを焼いていると、陽平が隣に張り付いて、弁明してくる。面倒そうな口ぶりに、ぼくはむっとして、言い返す。

 

「それはそうやけど! 三人で一緒のベッドに眠らんでもええやんか。陽平、デリカシーなさすぎ!」

「はあ? お・ま・えが、ベッド一個しか買わねえからだろうが」

「で、でもっ。ソファもあるやん」

 

 来客用のベッドも兼ねるソファのことを言うと、陽平は眉を跳ね上げた。

 

「それは、お前が先寝てるから悪いんだろ」

「へ?」

 

 問答に飽きたのか、陽平は冷蔵庫から牛乳を取り出すと、キッチンを出て行った。

 なんじゃ、さっきの。どういう意味?

 頭にハテナを飛ばしながら、オムレツをお皿に乗せていると、ちゃんと服を着た蓑崎さんが、キッチンに入ってくる。

 

「わあ、良い匂い」

 

 笑んだ右目の下に、鮮やかな赤い花の紋様が浮かんでいる。

 蓑崎さんは、ぼくと同じ男性体のオメガだった。でも、すらりと背が高く、匂うような色香があって。今年で二十歳を迎えるというのに、「中学生みたいだね」って言われるぼくとは大違いの人。

 白い首を守る黒の首輪(オメガの項を守るもの)さえ、どこか色っぽくて、つい自分のそれをなぞった。

 

「朝ごはん、俺の分まで作ってくれたの? なんか悪いな」

「あ、いえいえ。大したもんちゃいますし」

 

 慌てて手を振ると、おかずを見ていた蓑崎さんがトレイのヨーグルトを指さした。

 

「これ無糖でしょ? このまま?」

「はい、そうですよ」

 

 陽平は健康志向で、毎朝ヨーグルトを食べる。ぼくからすると、ジャムとか乗っけた方が好きなんだけど、陽平はすっぱいままがいいんだって。そこで、ハタと気付く。

 

「あっ。蓑崎さん、甘いのがええですか? ジャムで良かったらありま……」

「ちょっと使うね」

 

 ぼくが言い終わる前に、蓑崎さんが冷蔵庫からオレンジを取り出して、ナイフで皮を剥き始める。え、なにしてんのこの人? ぎょっとするぼくの顔を、蓑崎さんは窺うように見た。

 

「あのさ、昨夜のこと気を悪くした? 俺は悪いって言ったんだけど、陽平が聞かなくてさ。あいつ、心配性すぎだよね。成己くんも知ってると思うけど」

「ああ、そうですねえ……」

 

 しまった。

 オレンジが気になって、生返事になっちゃった。

 幸い、蓑崎さんは気にならんらしく、話し続けとる。

 

「でも、あんまり怒らないであげてね。俺達が帰ってきたら、成己くん、もう寝てたじゃない? そしたら、陽平の奴「ソファに運んで、起こしたらかわいそうだろ」って。だから、三人で寝ようってなったんだよ」

「……はい?」

「成己くん、あいつに愛されてるね」

 

 オレンジを切り分け、ヨーグルトのお皿に乗せた蓑崎さんは、悪戯っぽくウインクする。

 固まってるぼくをよそに、トレイを二つ持って、キッチンを出て行った。

 

「陽平~、成己くんの愛情ご飯だよ」

「うっせ。からかってくんじゃねえよ――って、このオレンジ……」

「陽平は、ヨーグルトはオレンジないと駄目だろ? わざわざ切ってあげたんだから、有難く思えよ」

「はあ? ガキ扱いしやがって!」

「でも、好きなんだろ?」

「うっ」

 

 ダイニングから、賑やかな会話が聞こえてきて、ぼくはわなわなと震えた。

 

――なんかコレ、おかしくない!? 絶対、おかしいよな!?

 

 な、なんで当然のように、ぼくがソファで寝る人なん? そら、ぼくのがチビやから、ソファでも狭ないけど、恋人やで!?

 なんか、勝手にオレンジも切ってるし! 陽平も、いつもヨーグルトはそのまんまがええって言うやん! 甘味欲しかったんやったら、言うてやっ。

 

 ぼくの憤懣をよそに、ダイニングからは食器のぶつかる音と、談笑が聞こえてくる。

 取り残されたぼくの分のトレイを見ると、よけいにがっくり来てしもた。

 

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