第124話「二日目の夜」

「や―、結局何もなく終わったよねえ」


「一応、ちょっとしたトラブルはありましたけどね」



「あー、月島って子がちょっと体調崩しちゃったんだよね。結果的に軽い貧血だったみたいだけど。逆に言えばそれくらいだよね」

「まあそうですね……」



 結果的に大きなトラブルなどはなく、二日目が終わった。

 なおかつ、絵里の件も俺が対応してきた。

 なので思い返せば本当に大過なく終わったと言える。

 俺個人としては、かなり心配だったが。

 よりにもよって体調を崩したのが絵里で、冷静ではいられなかったというのがある。



「…………」

「日高先生、どうかした?」

「いえ、何も」



 正直、かなり反省している。

 元々、修学旅行では絶対に絵里に接近しないという約束だった。

 二人のことを考えるのなら、絶対にするべきではないとわかっていたのに。

 なのに、近づいてしまった、触れてしまった。

 絵里が体調を崩したと聞いて、それだけで頭がいっぱいになってしまって。

 はっきり言えば、木村のことも、他の生徒のことも目に入らなくて。

 



「弱さゆえに、失敗したことを、思い出してな」

「……ふーん」



 水野は、俺の方をちらりと見た後、俺の横に座った。

 


「それって、甲子園の時の話?」

「……おいやめろ」




 ちゃんと嫌な記憶をほじくり返すんじゃない。

 まあ、これに関しては俺の方から何度か口にしているし今更かもしれないが。

 昔から、ではあった。

 何か一つのことに打ち込むと、それ以外のことが頭から抜けてしまう。

 元婚約者と一緒にいた時はここまで酷くはなかったが、似たような傾向はあった。

 ただ、絵里に対する感情はきっと比べ物にならないほど強い。

 それは絶望を救われたことと、仕事とプライベートいずれでも一緒にいることが大きいだろう。

 もちろんそれ自体が悪いわけではない。

 パートナーに対する愛情が深いことを、どうして悪いと言える。

 

 


「まあ、自分の未熟さや弱さで失敗した経験は私もあるけどねー」

「水野先生もですか?」

「そりゃそうよー、特に恋愛方面は全然だめだし」

「どうですかね……」



 生返事で返してしまう。

 そう、問題なのは俺の弱さだ。

 俺は、無意識的にも意識的にも絵里を最優先するようになっている。

 それは、自分のことすら後回しにしているということだ。

 どこかで、自分はどうなってもいいという思いがなかったと言えるか。

 絵里さえ無事ならば、自分の人生はどうでもいいと、そう思いやしなかったか。

 絵里がそれをよく思わないことなど、理解していたはずなのに。



「日高先生、大事なことは、反省することですよ」



 水野は、優しく語りかける。



「日高先生のことですから、きっとまた何か失敗したんでしょうけれどね」

「俺そんなに信用ないですか?」



 事実だから反論は難しいけれども。




「そうだね、ちょっと熱くなりすぎて、失敗しちゃうことが多々あるから」

「…………」



 どうしよう、何も反論できない。

 



「それでもさ、きっと成長してるんだよ、君も私も」

「してますかね?」

「してるよ、そう信じてる」

「……そうか」



 この友人の言葉を、信じてみることにした。

 何より、自分自身に、向き合うことにした。



「そういえばさ、日高君」

「なんでしょう」

「木村先生ってさあ、彼女とかいるのかな?」

「…………」

「何、鳩が豆鉄砲を食ったような顔してるのさ」

「いや、ちょっとびっくりした」



 昨晩、木村と色々話したのはわかっていた。

 仕事とはいえ、遠方に来ているということでテンションが上がっていたのかもしれない。

 ともあれ、俺が思っている以上に、二人は仲良くなってくれたようだった。



「……いないよ」

「ふーん、そっか、ふーん。……何で笑ってるの?」

「いや別に。……嬉しそうだなって思って」

「…………ニヤニヤしすぎじゃないかな?」



 これが喜ばずにいられようかという本音は、隠しておいた。

 俺ではなく、当人同士で伝え合ったほうがいいことだろうから。



 俺も、旅行が終わったら話し合わないとな。

 さらに前に、進むためにも。



 



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