第120話「電波越しにお休みを」
「そうだな、子供に兄弟をプレゼントしてあげたいから、かな」
「ああ」
絵里が、納得したような声を出した。
「俺さ、一人っ子だったんだよ。君と同じで」
「そういえば以前言ってましたね」
確かに昔そんなことを言った気がする。
絵里が一人っ子だったから、共通点を何か出したくて。
少しでも心を開いてほしくて、口にした言葉。
それがまわりまわってこんな形で回収されるなんて。
当然ではあるが、当時の俺は全く思っていなくて。
けれど、間違いなく口に出した言葉は意味を持っているのだ。
「別に、両親に不満があるわけじゃない。むしろ、野球選手になりたいなんて言う夢を、大学に行くまで応援してくれて感謝してる」
「はい」
「ただ、思うんだよ。兄弟がいたら、どうだったんだろうなって」
「それは、私もわかります」
絵里が、穏やかな声で同意する。
「私も、思うんです。もしも、私にも弟や妹がいたらどうなってたんだろうって」
「なるほど……」
絵里は、きっと心のどこかで思っているのだろう。
もしも、両親に何もなければ今頃どうなっていたのだろうと。
それは、両親が今も円満な関係を続けている俺にはわからない悩みだ。
けれど、痛みを完全に分かち合うことはできずとも、空想することはできるから。
「君がお姉さんになっていたら、そうだね……すごいポンコツなお姉ちゃんになってたんだろうな」
「ええっ、そ、そんなことないですよ」
「いやあるでしょ」
付き合いが長いからわかる。
月島絵里は、ひいき目に見てもかなり変わったところのある人間だ。
機械音痴なところだけではなく、虫が嫌いだったり、対人スキルに難があったり。
無論それに負けないくらい素晴らしいところも素敵なところもあるのが絵里だが、兄弟という非常に近しい立場にある人間に、どちらの要素が際立って見えるかは言うまでもないだろう。
ただでさえ、人は美点より欠点が目に付くものなのだから。
「うう……でもその理屈だと貴方はいいお兄ちゃんになってそうですよね。できないことなんてほとんどないじゃないですか」
「どうだろうな……」
絵里の中で、俺の評価が異様に高いことは理解しているつもりだ。
けれど、とんだ過大評価でもある。
勉強はそこらの中学生にも劣るし、教養だってない。
体力も――まあ平均的な男性よりはあるだろうが随分と衰えた。
性格はどうだろうか。
あまり人から悪い評価を受けることはないが、聖人のような存在とは程遠い。
「どっちかというと、俺が欲しかったのは兄とか姉なんだけどな」
「あ、そっちなんですか?」
「俺にはよくわからないんだ。自分の道が正しかったのか」
だから、自分の前を歩く人がいてくれたら。
どんなに楽だっただろうかと。
どれほど、救いになったかと思う。
「ふむふむ、じゃあ貴方はお姉ちゃんプレイがしたいんですね?」
「いや違いますけど?」
何もかも間違ってるんだが。
「ご安心ください。私だってVtuberのはしくれ。演技はできますし、演技を教えてくれる人には心当たりがあります」
「いやあの、ちが」
「じゃあ妹プレイの方がいいですか?」
「そういう話でもねえって……」
画面越しでくすくすと笑う声が聞こえた。
からかわれたのだと気づき、俺は顔をしかめる。
「わかってますよ。でも、貴方がお姉ちゃんが欲しいって言うなら私がお姉ちゃんになるのが一番いいのかなって思って」
「言わんとすることはわかるがな」
「私、心配しなくても貴方が完璧だなんて思ってませんよ。間違うことだってありますし、失敗だって私よりたくさん経験してるってわかってます」
「う……」
図星を指摘されて、言葉に詰まる。
本当にそうなるんだと、逆に感動してしまった。
「だから、貴方が辛いときには、傍で支えてあげたいのは本心なんです」
「そうか……」
「あと、ちょっとだけお姉ちゃんプレイにも興味あります」
「そっかあ…………」
興味持っちゃったかあ。
まあ別に、俺の方もやぶさかではないけれど。
「そろそろ見回りの時間が近いから、切るよ」
「はい、おやすみなさい」
「おやすみ」
こうして、一日目は終わった。
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