第118話「デンワ・デ・デート」
絵里からの電話だった。
何気に通話することは滅多にない。
どうして、このタイミングでと思った。
「君か……どうかした?」
「あの、ちょっとお話ししたくって」
「…………」
絵里に言われて、俺はどうしたもんかと考える。
個人的な感情としては。
もちろん、通話したい。
なんなら朝まで通話したい。
けれど、果たしてそれでいいのか。
「……なあ、そこに誰かいるか?」
「いいえ、いません。貴方は?」
「いや、俺も誰もいないよ」
絵里の指示通り、俺は既に建物の外に出ていた。
生徒も教員も、就寝を間近に控えて。
建物で待機するよう指示が出ていて。
だから、人に聴かれる心配はまだない。
一応、名前を呼ばないようには気を付けるが。
「人に関しては大丈夫だよ。むしろ、電波が怖いなって思う」
「あー、お互い外ですもんね」
続けるか。
今のところ、問題ない。
大部距離があるから、仮に電話しているところを見咎められても、気づかれない。
俺と絵里が通話していることに気付くことなんて、誰もできないだろう。
そう考えながら、俺は気づく。
徐々に俺の心の枷が緩んでいることに。
けれども、仕方がないではないかとも、思ってしまう。
「声だけだと、ちょっと物足りないような気がするな」
「もう、言わないでくださいよ。私だって手をつなぎたいんですから」
「俺だって、君のことを抱きしめたい」
絵里に対する愛が、想いがあふれて止まらなくなる。
愛おしいという心が、会いたいと思う気持ちが。
どうしようもなく、彼女の側にいたいと心が訴える。
「今日は、どうだった?楽しかったか?」
「うーん、楽しかったかと言われると、ちょっと微妙ですね。なんていうか大学は綺麗だったんですけど……あんまり盛り上がるような感じじゃないんですよね」
「あー、何かわかるかも」
「でも、私としてはめちゃくちゃインスピレーション受けましたけどね。京都の景観そのものが私にとってもいい刺激になりましたから」
「あー」
「たくさん写真も撮りました!」
「そっか」
「背景を描くときに参考になるんですよ。なんというか、和風のイラストを描くときにはこれは絶対に使えます!」
「そっか、先生のイラスト、俺も楽しみにしてるよ」
絵里に本心からの期待を伝える。
「えへへ、いつか着物衣装とかも描きたいと思ってるんですよ」
「お、いいな」
「助手君のも描きたいです。絶対に似合うと思うんですよ」
「和装かあ、俺に似合うのか?」
「絶対合いますよ。だって、甚平が似合ってたんですよ?」
「ああ、まあ確かに?」
絵里はどういうわけか俺が何を着ても似合っていると思う節がある。
それはちょっとどうかと思う。
俺をその、あの、好きでいてくれることはめちゃくちゃ嬉しいんだけどね?
「手助さんは、楽しかったですか?」
「いやまあ別に、仕事だからなあ、俺は」
ぶっちゃけ、楽しむどころではなかった。
大事なのは、生徒たちが何もなく無事に旅行を終えること。
だから、旅行と言っても教師としては楽しむという発想自体がない。
実際、これから生徒たちがちゃんと寝ているのかどうか見回りの業務がある。
本当はその仕事からも目を背けたい気持ちもある。
それくらい、こうして絵里と通話しているのが楽しい。
……思えば。
「こうやって通話するのって、初めてじゃないか?」
「確かにそうですね」
「普通はもっと通話とかするんだろうけどなあ」
「あはは、私達はちょっと変わった関係ですよね」
何しろ、交際するより前から同棲を始めていたのが俺たちだ。
要するに、物理的な距離がゼロだったから電話する必要自体がなかったと言える。
「そう考えると、幸せな話だよなあ」
「ですねえ、まるで夫婦みたいな」
「夫婦でも結構通話はすると思うけどな。うちの両親は結構やってたし」
「そっか、そういうものなんですね」
「…………」
言葉に詰まる。
そうか、絵里は家族の形を完全には知らないのか。
「ゆっくり、知っていこう」
「そう、ですね」
絵里は、感情の読めない声音で俺に言葉を返す。
「ちなみになんですけど」
「?」
「あの、貴方は子供って何人欲しいですか?」
「ごふっ」
急にどうしてそうなった。
「だ、大丈夫ですか?」
「まあ大丈夫だ。なんで、そんな話を?」
むせてしまった状態から復帰して、俺は絵里に問いかける。
「だって、家族って言えば……私達二人だけってわけにはいかないじゃないですか。将来にも関わりますし」
「まあ、それはそうかもな」
というかナチュラルに結婚する前提なんだな。
まあそれは俺もなんだけど。
なんだかそれって。
「ちょっと嬉しいな」
「何がですか?」
「君が、そこまで真剣に考えてくれていることが、だよ」
自分のパートナーが自分との未来を真剣に考えてくれている。
これが喜ばしくなくて何だというのか。
とはいえ、喜んでいるだけというのも何かが違う気がする。
俺は、質問に答えることにした。
「俺は、二人欲しいかな」
「ほうほう、その心は?」
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