第116話「修学旅行初日」

 言い忘れていたことだが。

 というか、俺も絵里も知っていたがゆえに、わざわざ口には出さなかったことなのだが。

 修学旅行の舞台は、京都である。

 京都、それは歴史と文化の宝庫。

 千年以上日本の中心だった京都には、寺社仏閣をはじめとした文化遺産が多数存在し、それをベースにした観光が盛んだ。

 景観を保つために建築物には高さ制限が設けられたりしているらしい。

 実際、寺がビルに遮られて見えなくなったりしたら大損害になるだろう、ということは俺でもわかる。

 ともあれ、修学旅行の舞台が京都というのは実にいい。

 テンプレートではあるが、逆に言えば王道展開でもある。

 修学旅行を遠征と被っているという理由で欠席した俺にとって、教師という立場とはいえ王道の修学旅行に関われるのはそれだけで嬉しいことだったりする。

 何よりも。




「一番、喜んでほしい人の顔が思い浮かぶからな」

「何か言いました?」

「いえなんでも」




 俺は頭部を横にフルスイング。



 ◇




 まず、学校から駅までをバスで移動。

 そして東京から京都まで、新幹線で移動し、以後の移動はバスになる。

 初日、京都駅に到着した我々が最初に向かったのは寺社仏閣――ではなかった。



「……ねえ、木村先生」

「なんです?」

「俺達が勤務してるのって東京の進学校ですよね?」

「そうですね」

「T大とかKO大、W田大なんかが主な合格実績で、関西圏はそんなにですよね?」

「そうなんですよ」

「なんで、K大の見学がスケジュールに入っているんですか?」

「理事会の決定らしくて……最近合格実績が落ち気味だからこうやって生徒のモチベーションを上げろって」



 この方法だとむしろますますモチベーションとか下がりそうなもんだが。

 大丈夫なのだろうか。

 いや、俺が心配するようなことではないのかもしれないけれども。



「俺達も反対したんですけどねえ。修学旅行の時くらい勉強に関係ないことをしてもいいんじゃないかと思ったんですけど」

「まあ確かに」

「だって絶対思い出にならないじゃないですか、こんなところをわざわざ見学させられても」



 言うまでもないことだが。

 K大学は名門である。

 志望者の数は多く、研究機関としての実績も多数ある。

 それはそれとして。

 修学旅行のカリキュラムとして強制されることに何の意味があるのか。

 せめて金閣寺のような真っ当な観光スポットではだめだったのか。

 


「ままならないなあ」



 あいにくと、絵里の顔を見る余裕はなかったが。

 彼女はきっと渋い顔をしているんだろうなと思った。

 そもそも彼女の場合、進学するつもりがないというのもあるが。

 この学校は、大学進学率百パーセント近い超有名進学校だ。

 それこそ大学に進学しない奴なんて入学してから勉強とは全く関係ない進路を志し、在学中にその夢をかなえた奴くらいだろう。

 改めてやってきたことを考えるとむらむら先生は――絵里は、本物の天才だ。

 もちろん年齢がすべてだとは思わないが。

 


「どうせなら神社とかの方がよかったような気はしますけれどね」

「まあ、気持ちはわかりますけど、この辺はちょっとあれなんですけどね」

「ああ、聞いたことありますね」



 これはあくまで余談なのだが……K大学の近くには曰く付きの神社があるらしい。 

 なんと、そこにお参りした人間が絶対に試験に失敗するという曰く付きで、下手なホラーより怖いのだとか。

 俺が勤めている高校はそれなりの進学校であり、T大やK大に進学する者も一定数いる。

 それこそ多分、大学に進学しないのはむらむら先生だけなんじゃないだろうか。

 わんださんでさえ、大学には行くと言っていたし。

 ともあれ、そんな校風だから、そういう神社を死より恐ろしいものとして扱っている。

 それこそ教員側が作った修学旅行のしおりでも「絶対に近づかないこと」というよに念押しされている。

 絵里も「これで仕事に悪影響が出たら嫌だから近づかないでおきます」と言っていた。




「とりあえず、入りますか」

「そうですねえ」




 ちなみに、中は普通に広くて、個人的には楽しかった。

 出身大学が体育大学だから、こういう規模の大きい総合大学は憧れるんだよね。

 まあ、生徒たちはみんな退屈そうだったけど。

 

 

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