第115話「修学旅行まであと一日」

 言うまでもないこと、かもしれないが。

 助手君とむらむら先生は、一時的に活動を休止することになった。

 といっても、別に何かやらかしたわけではなく、修学旅行で活動できないがゆえにである。

 ちなみにだが、むらむら先生は「修学旅行に参加するので休みます」という旨の告知を行った。

 俺は止めたが、むらむら先生は「多分大丈夫ですよ」と謎に自信満々で。

 結果的に、その告知は俺の懸念しているような事態は引き起こさなかった。

 というのも、誰もむらむら先生のことを本当に女子高生だと思っていないからである。

 女子高生イラストレーター系Vtuberでありながら、誰も信じていないのである。

 まあ、こういうキャラクター設定は本人の実態と解離していることが多い。

 世の中にはいくつになっても「永遠の17歳」を標榜するタレントもいるのだ。

 まあ要するに。



「誰も、本当にむらむら先生が女子高生だなんて思ってないってことか」

「そういうことなんですよ。本当のことを言いつつ、周りからはロールプレイやジョークとみなされる。これこそがVtuberの面白さですよね」

「これができるのむらむら先生くらいだと思うけどなあ」




 何度も言うが、むらむら先生は俺の影響もあってか、二十代後半の女性だという説がネット上では有力視されている。

 まあ、成人男性と未成年のカップルであるという事実がすっぱ抜かれるよりも、二十代~三十代のカップルであると思われていた方が遥かに都合がいいので何も言わないことにしているが。

 ネット上と言えば。




「みんな助手君との旅行だってのは疑ってないんだよな」

「実際は、もうちょっと大人数なんですけどね」



 ちょっとだろうか。

 二百人オーバーだけど。

 修学旅行だから主役は絵里たち生徒であって、俺達はおまけなんだけど。

 むしろ、俺からすれば

 ともかく、【新婚旅行ですか?】だの【二人で旅行の振り返り配信をしてほしいです】だの。

 はっきり言ってめちゃくちゃである。

 俺達は結婚してないし、当然新婚旅行に行く予定だって今のところない。

 あるとすれば、それは二年後の話になってくるだろう。

 絵里が卒業して、成人として認められる年齢になれば。

 その時はきっと。



「さすがに旅行の振り返りはできないだろうしな」

「ですね。流石に特定されそうです」



 嘘のつけないむらむら先生は、配信上でも嘘は言わない。

 それこそ、交際を始めてからは「付き合ってない」と口にしたことはない。

 認めることもないが、否定することもなくなっている。

 そこまで頑なに嘘を拒む彼女が修学旅行について話せば、学生であることや俺と絵里が教師と生徒の関係であることが露見しかねない。

 それはまずい。

 それだけは、まずい。

 あってはいけないことだ。

 だから、隠すしかない。

 徹底して。



「でも、いつか行きたいですね」

「何が?」

「いやその、し、新婚旅行ですよ」

「……あ」




 これは俺が悪かった。

 あまりにも鈍すぎる。

 この流れで絵里がそれを言うのは、むしろ予想の範囲内だった。

 それなのに気づけないとは。

 ていうか、普通に照れくさいし。

 いや待て、違う。

 絶対に違う。

 そんなことより、言うべきことが間違いなくあるではないか。



「絵里」

「は、はい」

「行こう、新婚旅行」

「ふえっ」

「新婚以外にも、たくさん行こう。恋人としての旅行とか、たくさん」



 だってそうだろう。

 ただ未来を憂うより。

 良き未来に期待することの方が、ずっと大事なことなのだから。

 絵里という存在が、他の何より大事だから。



「…………」




 絵里は黙ってしまう。

 少しだけ沈黙が続いて、絵里がゆっくりと顔を上げて。



「どこに行きますか?」




 顔を赤らめながら、それでもまっすぐに俺を見つめて。

 とても悩ましい、けれど心躍る問いを投げかけてきたのだった。



 それから、就寝時間が来るまで。

 俺と絵里は、どこに行きたいかを語り合った。

 日本のあちこちはもちろん、外国についても話して。

 そんな、遠い未来を夢見ている間に。

 近い未来は、すぐにやってきた。



 ◇



 翌朝、学校で点呼を取り、生徒が順番にバスに乗り込んでいくのを見ていると。

 水野が話しかけてきた。



「……なんだか楽しそうだね、日高先生」

「ああいや、実は昨日ちょっと話しててな」

「話してた、何を?」

「旅行するならどこに行くのかを」

「ああ、彼女さんか」

「なんでわかったの?」

「だって君、過去一位タイくらいの幸せオーラ出してるよ?」

「……そうですか」




 それはまずいな。

 水野の発言を受けて俺は表情を引き締めて。

 生徒たちのいるバスに乗り込む。

 いよいよ、修学旅行が始まる。

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