第114話「修学旅行直前」

「まさか、修学旅行に手助さんも駆り出されることになるだなんて……」

「ああ、俺も全く予想してなかった」



 いや、本来予想するべきことではあった。

 修学旅行は、学校を離れて一学年の生徒全員が移動する一大イベントだ。

 ゆえに担任や副担任だけでは到底手が足りず、助っ人を動員するのは知っていた。

 ただそれも、高等部を受け持っている先生が優先して動員されることが多いはずだった。

 


「産休やら育休やらで手が足りてないらしい……」

「あー、そういえばそうでしたね」



 心当たりがあるのか、絵里はうんうんと腕組みして頷く。

 高等部の教師のことなら、絵里も知っているというわけだ。

 夏まではすべての授業で寝ていたらしいが、最近はちゃんと起きているのかもしれない。

 あるいは、わんださんから聞いたのか。

 そんな振る舞いを愛らしいと思いつつも、俺は心配事から目は逸らさない。



「厄介なことになった」



 別に修学旅行に参加するのは構わない。

 旅行に参加する期間は残業代がきちんと支払われるし、配信だってむらむら先生がいなければ成立しないんだからやるつもりも全くない。

 何より教師として、生徒たちの安全を守る仕事に不満などない。

 問題は、修学旅行に参加することがーー絵里と行動を共にすることだ。

 彼女と人目があるところで関われば、自然と俺たちの関係性が露見するリスクは増える。

 これはいかんともしがたい事実であった。



「ど、どうしましょう……あ、私が病欠すれば」

「それはダメ」

「ええ……」



 理由はいくつかあるが。



「絵里が問題なく学校を卒業するのが、交際の条件でもある。隠すために修学旅行を休んでたら本末転倒だろ」

「う」

「そもそも」



 俺は、口を開いた。



「一生に一度の思い出を、君から奪うようなことはしたくない」



 絵里の喜ぶ顔が好きだ。

 楽しんでいる時。

 安心している時。

 興奮している時。

 集中している時。

 その瞬間を、あるいは来るべき未来を全力で楽しんでいる絵里を。

 そんな彼女のことを、俺は愛している。



「だから、君を欠席させることはありえない」

「わ、わかりました……」



 絵里は、顔を真っ赤にしてうつむいた。

 


「ズルいですよ、手助さん。そう言われたら、もう何も言えないです」

「え、ああ、ごめん」

「私が休むのはなし。かといって、手助さんも自分の仕事を放棄したりはしませんよね?」

「そうだな」



 少なくとも、今ある仕事を、責任を放棄するわけにはいかないと思っている。

 いずれが来るとしても、今はまだその時ではない。

 


「だったら、二人が出席することは前提として――どうするべきかの話し合いをしましょう」

「そうだな」




 あと一年と少し、それを乗り切るために。 

 その時が来たら、俺達はもう縛られないから。



 ◇


 俺たちは、リビングで「修学旅行のしおり」を見ながら話し合っていた。

 これは教員が作った資料で、俺にも絵里にも配布されている。

 これを見れば、おおよそのスケジュールはわかるというわけだ。

 


「修学旅行は二泊三日だ。初日は全員で同じ場所をめぐる。で、二日目に自由行動で、三日目は基本的にどこも回らず直帰するって感じだったよな?」

「そうですね」

「初日と三日目に関しては別に問題ない。一応それとなく配置を動かせるように言ってみる」

「できるんですか?」

「多分」



 具体的には、もしも月島のいるクラスを担当することになってしまった場合に。

 「〇〇先生とはちょっと気まずくて」など適当なことを言って配置を変えてもらう方法がある。

 多少の反発は受けるだろうが、それは俺達が隠さなくてはならないことと比べればずっとましな問題に思えた。

 そもそも、高等部は五クラスある。

 五分の一を引いてしまう可能性自体がとても低い。



「それなら大丈夫ですね。じゃあ、問題は」

「ああ、二日目の自由行動だ」

「…………二日目は、確かどこでも移動できるんでしたっけ」

「そうだな。一応、スポットを一か所は回らなきゃいけないっていう決まりはあるけど、逆にそれ以外はどこに行ってもいい」



 自由行動は、クラス単位ではなく班単位で行い、好きな場所をめぐることが出来る。

 とはいっても、制限はいくつかある。

 一つ、指定のエリアから出てはいけない。

 二つ、班員全員で行動しなくてはならない。

 三つ、事前にどういう予定で回るのかを申告しなくてはならない。

 四つ、班員とはぐれるなどの予定外の事態が起きた際に、教員に連絡しなくてはならない。

 



「そういえば、班員は大丈夫か?」




 今年の修学旅行は確か自由に班を組めたはず。

 つまるところ、友達が少なければ少ない程に辛い思いをするような気がするのだが。



「む、手助さん。私のことをちょっと舐めてませんか?確かに友達と言える相手はわんだちゃんだけですけど……他にも話せる相手はいるんですよ?わんだちゃんの友達とか」

「ああ、じゃあ当日はその子たちと回るのか?」

「はい、そうなんです!」

「なるほどなあ」



 それならば安心である。

 絵里が楽しめるのならそれに越したことはないのだし。

 何よりわんださんがいるのなら、きっと彼女にとって悪いようにはならないだろう。

 

 

 

 


 

 

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