第113話「元婚約者の自嘲」
私が家に引きこもってからどれくらいたっただろう。
といっても、監禁されていたわけじゃない。
産婦人科に何度も通ったし、散歩も両親と一緒にした。
ただ、単独での外出は当然許可されなかった。
それも当然かもしれない。
両親は、お腹の子については私に判断を任せると言っていた。
産むとしてもそうでないとしても、私の判断を尊重すると。
そう言ってくれたのだ。
そして、私は選択した。
産むことを。
「……どうかしたの?」
ひょっとして、また慰謝料請求だろうか。
はっきり言って、両親には本当に迷惑をかけ通しだ。
どうして、あんな馬鹿なことをしてしまったのか。
悔やんでも悔やみきれない。
私という人間の愚かしさだ。
「いや、なんでもないよ。部屋で休んでいなさい」
「わかったわ」
両親がそこまで言うのなら、そうなのだろう。
本当に私に何の心配もさせたくないと思っているのか。
はたまた、純粋に子供のことだけを気遣っているのか。
真偽は、私にはわからなかった。
けれども、私が考える必要のあることだとも、思わなかった。
もしかしたら、もう余計なことをするなと思っているかもしれない。
そう考えると、中々口に出せるものではなかった。
まあ、十中八九手助からの連絡だろう。
慰謝料請求とか、そういう。
接近禁止を破ってしまったし、相手が私に償いを求めるのも無理からぬことだと思う。
「とりあえず、ご飯食べるか……」
母が作ってくれた料理を口に入れる。
そうだ、かつては私が手助のために料理を作っていた。
食べてもらって、おいしいって言ってもらって、笑いあって。
そんなことが、それだけのことが私にとっては十分に幸せだったはずなのに。
「馬鹿だな、私」
少しだけ、ご飯はしょっぱかった。
◇
「まさか、返信がないとはね……馬鹿にされたものだな」
スマートフォンを弄びながら、俺はうなることしかできない。
俺を餌に釣り上げて、女たちを使って傷めつけてやろうかと思っていたというのに。
そもそもあの女が俺からの連絡に応えないとは思いもよらなかった。
普通に考えて、心情的にも実利を考えても俺に頼らない理由が存在しないと思うのだが。
まあいいだろう。
結局のところ、あの女はその程度のことがわからないほどに、甘ったれていたということでもある。
所詮は、俺に貢ぐことしかできない餌。
大した力もない、俺のような強者に搾取されるだけの人間。
であれば、いずれ必ず潰す機会は回ってくる。
「ねえねえ、大丈夫なの?」
「いや、別に大したことじゃないよ」
心配そうな顔をして覗き込んでくる三号に、笑顔を向ける。
すると、三号はとろけるような笑みを浮かべて抱きついてきた。
やれやれ、本当にちょろいな。
こうやって微笑みかけるだけで、大抵の女は骨抜きになる。
食えない女などいない。
その気になれば、誰でも手に入れられる。
これが優れていることの証明でなくて何だというのか。
「すみませーん、ちょっとお時間よろしいですか?」
「……あ?」
◇
元婚約者は、気づいていない。
偶然ではあるが、悔い改めた行動の結果が、破滅の運命から自分を守ったことを。
間男は、気づいていない。
彼の地獄は、まだ終わっていないことを。
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