第112話「デートからの帰り道」
「楽しかったですね!」
「ああ、そうだな。カラオケがこんなに楽しいとは」
「ですよね!私もわんだちゃんとこの前始めていったとき、本当に楽しくて……」
「うんうん」
あんまりカラオケとか行く機会もなかった。
ゼロというわけではないが、俺の場合中学高校大学と野球に費やしたせいもあって遊ぶこと自体が少ない。
絵里の場合はもっと顕著で、中学高校生活の大半をイラストを描くことだけに費やしてきたがゆえに、友人すらほとんどいない。
だからこそ、今回のカラオケデートは大成功だったと言えるだろう。
「デュエットに関しても、最後の方は結構うまくできたと思うんですよね。息もぴったりでしたし」
「あー、まあそれはそうかも」
同じ曲を何度も歌ったりしたこともあって。
俺達は何とかデュエットとして成立するくらいには歌えるようになった。
おそらくこれならば、配信しても問題はないだろう。
もともと、配信を見に来てくれる人たちは大部分が俺達に好意的な者達。
極端な話、クオリティはあまり重要ではない。
もちろん、及第点で満足するつもりもないが。
「…………」
「どうかしたか?」
絵里がうつむいている。
顔が見えないが、何かを考えている、ように俺には見えた。
「あの、手助さん」
「?」
「手をつなぎませんか?」
「いいよ」
「んんっ」
「どうしたんだ、急に大きな声出して」
びくりと絵里は身を震わせる。
まさか受け入れらると思ってなかったのだろうか。
「す、すみません、受け入れてもらえると思わなくて心の準備が」
「そういうもんか?」
「ええと、じゃあ、失礼しますね」
そっと、絵里が俺の右手に左手を重ね、握る。
俺もまた、その手を握り返した。
俺は、そっと指を彼女の白魚のような五指に絡めていく。
緊張か、びくりと震えて。
絵里もまた、五指に固く力を込めて。
こちらを握り返してきた。
「手助さんの手、前につないだ時も思いましたけど、大きいですね」
「あー、まあそうかもな」
むしろ、絵里の手が小さすぎるのではないかとすら思うが。
彼女の手はとても小さく。
そして、綺麗だった。
日に当たらぬ生活をしているせいか肌は白く。
手入れされているのか産毛も傷もない。
「……どうかしたんですか?」
「ああいや、やっぱり絵里は綺麗だなって」
「……もう、そういうところですからね、手助さんは」
「あれ?」
絵里は、顔を横に向ける。
耳が真っ赤なことを確認して、俺はつい笑ってしまった。
「もう、何で笑うんですか!」
「いや、ほんとに可愛いなって思って」
「もー」
そんなたわいもない会話をしながら、俺と絵里は帰路についたのだった。
◇
「日高先生、カラオケにでも行かれましたか?」
「ええ、そうですけど」
ドキリとしながら、俺は同僚と会話していた。
木村という。
背が高く、どこか神経質そうな見た目をした男だ。
年齢が近く、同性ということもあり、よく話す仲であった。
飲みに行ったことも、一度や二度ではない。
「いえ、声がかすれていたので」
「ああ、久しぶりにカラオケに行きまして。ちょっと歌いすぎましたね」
「いいですね、彼女さんとですか?」
「水野先生から聞きました?」
「ああ、そうなんですよ。この前お話しする機会があってですね……」
ぱっと木村は顔を輝かせて話してくる。
どうも木村は水野に気があるらしく、ことあるごとに相談を持ち掛けられていた。
俺としても水野があまり男運に恵まれないことは知っていたために、できれば応援したいのだが……どうにもうまくかみ合わず、進展がない。
誰かが悪いというわけではなく、タイミングが悪かったという話だが。
「最近は考えることが多くて、息が詰まりますよ」
「水野先生のことで?」
「いえ、ああいやそれもあるんですがね?修学旅行のことで」
「あー、なるほど」
確かにうちの学校では、高二と中三で修学旅行がある。
つまり、絵里たちの学年だ。
当然その間は配信もできないし、イラストを描くのも難しい。
絵里としてはあまり行きたくなかったようだが、俺や理恵子さんに説得されて参加を決めたらしい。
まあ一生に一度だけしか経験できないことだし。
後悔してほしくはなかった。
あと、友達が一緒にいるのなら、普通に楽しめるだろうし。
とりあえず、中学生が担当の俺にはあんまり関係のない話だ。
中学の修学旅行はもう終わってるし。
「修学旅行なんですがね、ぶっちゃけ人手が足りないんですよ」
「ほう?」
待てよ。
これは、何だがよくないことが。
起こりそうだ、ぞ?
逃げたほうがいい。
そう判断した時にはいつだって遅い。
「高等部の修学旅行のヘルプに、先生も入ってくれませんか?」
「…………」
どうしよう。
正直嫌ではある。
というか、受けてはいけない。
なぜなら、絵里との関係性がバレかねない。
一緒に行動する可能性を、目と目があう可能性すらも決して許してはいけない。
「申し訳ないんですけど……」
「お願いします!」
「いやでも」
「お願いします!」
「……わかった」
教師として、流石に義務を果たさなくてはいけない。
俺は観念した。
いやでも、どうしよう。
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