第111話「カラオケデート、開始」


 絵里の家から一番近いカラオケボックスは、徒歩圏内にあった。

 最寄り駅のすぐそばである。

 駅の側だと、カラオケは割とある。

 逆に駅の側以外にあるカラオケは見たことがない。




 店の中に入り、二人分、フリータイムの料金を支払う。

 絵里がスマートフォンアプリの会員証を差し出していた。

 どうやらわんださんと一緒に行ったときに作ったらしい。



「手助さんは、会員証とか登録してます?」

「うーん」



 実のところ、今までカラオケに行くこと自体あまりなかったので登録する機会がなかった。

 とはいえ、今後のことを考えれば。 

 むらむら先生も俺も、歌の練習をすることは多いだろうし。

 何より、お忍びでのデートにカラオケはうってつけだし。



「俺も登録するか」

「お、いいですね。私が登録の仕方を教えてあげますよ!」



 絵里が薄い胸を張りながら、ドヤ顔でアプリを起動する。

 かわいい。



「……あの、手助さん」

「どうかした?」

「操作方法が思い出せません……」

「……一緒にやろうか」

「はい!」



 そんなコントのようなやり取りをはさみつつ。

 俺は会員証を作成した。



 ◇



 正午近かったので、何か食べるかという話になった。



「手助さん、これどうですか?」

「うーん?」



 俺は、絵里が差し出してきたメニューを見る。

 そこには。



「これって」

「はい」



 絵里が指さしていたのはパフェだった。

 しかし、ただのパフェではない。

 メニューには『カップル専用メニュー、カップルパフェ』と書かれていた。

 どうやら、恋愛ドラマとのコラボということで、こういうメニューが置かれているらしい。



「これを、一緒に食べたいってことか?」

「手助さんが嫌じゃなければ」

「いや食べよう」




 幸い、という言い方も変かもしれないが。

 パフェは決して嫌いじゃない。

 そして、恋人と何かを分け合うのはーーもっと嫌いじゃない。

 だから。



「一緒に食べよう、パフェ」

「はいっ!」



 そんなキラキラした目をされると、何でもしてあげたくなってしまうではないか。



「ところで、もう個室に入ったんだし、マスクとサングラスは外したらどうだ?」

「はっ、そうでした!」



 ◇




 パフェが運ばれてきたのはそれから十分後のことだった。



「お待たせしました」

「「おお…………」




 おかれたパフェに、俺達は思わずハモってしまう。

 それはそうだろう。

 それはパフェというにはあまりに大きすぎた。

 アイスがいくつも重なり、その上にソフトクリームが鎮座し、周囲を数多のフルーツが覆っている。

 カップル専用というのもうなずける。

 単純に通常のパフェの倍の大きさがあるのだ。

 一人では到底食べきれないだろう。

 あ、パフェスプーンが二つ付いてる。

 意識しだしたら、なんだか少し恥ずかしくなってきた。


「じゃ、じゃあ食べましょうか」

「お、おう、そうだな」



 俺も絵里も、少しだけ恥ずかしそうにしながら、スプーンを手に取り、パフェを口に運んだ。



「うまい」

「おいしいですね……」



 キンキンに冷えたアイスクリームが、同じく冷やされた果物が、かけられたシロップが。

 いずれもうまい。

 甘さの暴力が、俺達に襲い掛かって来るかのようだった。



 ◇


「おいしかったな」

「ええ、そうですねー」



 かなりがっつり食べたため、俺達はソファに座って余韻に浸っていたのだが。



「いや違う違う」



 俺は頭を振った。

 馬鹿か俺は。

 確かに今日はデートだったはずだが、ただのデートではない。

 カラオケデートである。



「確かに、そろそろ歌い始めなくてはいけませんね」



 絵里はおしぼりで口元をぬぐいながら、首肯する。

 


「では、何から歌いましょうか……これなんかどうです?」

「どれどれ」



 絵里が選んだのは、デュエットとしては非常に有名な曲だった。

 悪戯好きな神様の名を冠したその曲は、どちらかと言えば女性同士で歌われることが多い曲だったが。



「まあ、キーを動かせばなんとかなる、のか?」

「とりあえずやってみましょうか!」

「おっと」



 絵里はもうすでにデンモクを起動して曲をかけ始めていた。

 こうなったらもうどうしようもない。

 そもそも、今日は練習に来たのだ。

 やれるだけのことをやってみなくては、今日ここにいる意味がない。

 絵里が前に進み続ける限り、俺もそうすると決めているのだから。



 それから俺たちは何時間も歌い続けた。



「なかなか息を合わせるのは大変ですね……」

「……そうかもしれないな」



 というよりは、俺の技量不足が絵里の足を引いているというのが正確だろう。

 俺の声は、絵里ほどきれいではない。

 はっきり言って、凡庸な成人男性の声だ。

 もちろん声の通し方は知っている。

 グラウンドの上で、声をより遠くまで響かせるために、どうやって声を通すかも練習したから。 

 けれど、それは歌う技術においてはほんの一部でしかないし、技術と才能は違う。

 絵里の声に、俺がまるで釣り合っていない。

 ならばどうするか。



「もうちょっと練習するか」

「はい、やりましょう!」



 

 まあ俺よりも絵里が上達してしまう可能性があるが。

 そんなことを気にしていても仕方がない。

 俺はデンモクを操作して、次の曲を入れる。

 絵里はマイクを持ち上げ、もう片方を手渡してくれる。



「さあ、私たちの戦いはここからです!」

「いやまだ終わらないからね!」

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