第110話「カラオケデートの準備」
改めて説明をすることでもないのかもしれないが。
俺と絵里が付き合い始めてから、実のところはまだ一週間くらいしかたっていない。
8月31日の夏祭りで交際がスタート。
そして翌日始業式を迎え、午後にはわんださんを交えて3Dらいぶに向けての話し合いを行った。
わんださんから余った機材を買い取らせてもらい、準備をしたうえで歌配信を見事やり遂げた。
ここまでが、わずか一週間の出来事である。
……今更だが、Vtuberになってからというものの濃い人生を送りすぎているような気がする。
「お待たせしました」
「お、おう」
玄関前に、着替えて集合。
そう言われて、デートに着ていける落ち着いた服を購入。
普段がジャージなので、少しでも人目につかない格好をと考えて購入した。
「絵里、その恰好って」
「あっ、はい、どうですか?」
絵里の格好を端的に言えば、「お忍び中」である。
スキニーパンツとジャケット、そしてキャップを被った姿はボーイッシュでありながら、とても可愛らしい。
サングラスは無邪気なかわいさをさらに引き出している。
はっきり言って、めちゃくちゃかわいいのだが。
「すごい似合ってると思う」
「あ、ありがとうございます。お忍びってことで、わんだちゃんと昨日一緒に買ってきたんですよ」
やはりお忍びだったか。
どうしたものかな。
一見すると、絵里の服装には問題がないように見える。
顔を隠しているし、何より普段とは雰囲気からして全く違う。
「俺もこれくらいやった方がいいのかな……」
「うーんどうでしょう。わんだちゃんは『二人でサングラスつけてるといかにもお忍びですって感じになるからやめた方がいい』って言ってたので」
まあそれもそうか。
あと、絵里はともかく俺がサングラスをつけたらちょっと、いやだいぶ怖いだろう。
ヤクザと間違われても文句は言えない。
そういえばヤクザってサングラスつけているイメージが強いのはなんでなんだろうか。
閑話休題。
「それはそうと、元々は俺もサングラスつけることになってたんだな」
認識の甘さを痛感し、急遽月島家にあったマスクを装着しながら、俺はそんなことを言う。
それはそれで中々面白い恰好になっていたかもしれない。
「それはその、ですね」
「うん?」
急に、月島がもじもじし始めた。
なぜだろうか。
「その、私が、手助さんと同じサングラスをつけたかったんです。一つくらい、同じものがあってもいいのかなって」
「…………」
「先生?」
「ああうん、そろそろ出かけようか」
「あ、はい、そうですね!」
絵里は一瞬戸惑ったような表情を浮かべたが、すぐについてきた。
「あの、やっぱり重いですか?」
「別に大丈夫だぞ?今日はビデオカメラだけだし」
「いえ、そうじゃなくってペアルックとかって嫌なのかなって」
ああなるほど。
俺が黙ったから嫌な気持ちになったと思ったのか。
それはまずいな。
「それは違うよ、むしろ嬉しいなって思った」
「嬉しい、ですか?」
「絵里がそういう風に思ってくれることが、俺は嬉しい」
だってそうだろう。
大切な人が、自分のことを想ってくれて。考えてくれて。
それ以上に、嬉しいことがあるかよ。
「ところでなんだけど、お忍びデートって言ってもいろんな形があるよな」
「そんなにあります?私カラオケ以外だと……え、えっちいやつしか思いつかないんですけど」
「それについては追々考えるとして」
「あ、あうう」
顔を真っ赤にしてうつむく絵里は大変かわいいが、話の腰を折られたな。
俺は咳ばらいを一つして、無理やりに話題を変える。
「例えば色々あるだろう、ドライブデートとか」
「えっと、車の中で、その、したいんですか?」
「うんお願いだから一旦そこから離れてもらっていいかな?」
前々から察してはいたけど、だいぶむっつりだよね絵里。
あと自前の車ならまだしも理恵子さんの車でそんなことするわけがないのだ。
「要するにさ、ドライブしながらおそろいのサングラスをつけるとかは、悪くないんじゃないのって話よ」
「ああ、そういうことですか……」
絵里は、納得したようにうなずいて。
「いいですね、今日も、これからも、たくさんお忍びデートしちゃいましょう」
サングラスをしていてもわかるほどに。
ふわりと可愛らしく微笑んだのだった。
ああもう、本当に。
反則的だと思うくらい、可愛い。
「じゃあ、そろそろ行きますか」
「はい!」
俺たちは、ドアを開き。
「あらー、二人ともデートなのかしら!行ってらっしゃい!楽しんできてね!」
「「…………お帰りなさい」」
ちょうど出張から帰ってきた理恵子さんに悪気なく激励され。
揃って赤面するのだった。
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