第109話「歌うのって楽しい」
その後も、むらむら先生の歌配信は続いた。
曲の内容は――基本的には流行しているアニメソングばかりであり、その中でもむらむら先生が好きなものばかりだ。
というより、こういうラインナップでないとむらむら先生のモチベーションが上がらないので致し方なし。
そうして一時間ほど歌い続けて。
最後の曲を、むらむら先生が歌い終わった。
「これで、今日の配信は終わり。お疲れさまでしたー」
【ありがとう】
【またやって欲しいな】
コメント欄も大盛り上がりだ。
やはり、新たなことに挑戦するというのはファンにとっても喜ばしいことであるらしい。
同じことを続けるのだって悪くはない。
が、刺激を与えなくては既存のファンは離れていくし、新たなファンを獲得できない。
何より。
むらむら先生自身が、それに納得できないだろう。
「助手君もお疲れさまです」
「いやいや、むらむら先生に比べたら大したことじゃないって」
謙遜の類ではない。
俺は本心からそういった。
そもそも、むらむら先生だって歌唱の経験はさほどない。
そんな中、短期間でわんださんと一緒に練習して歌ったのだ。
ただただ頭が下がるとしか言えない。
「そうは言いますけど、助手君だって急ピッチで機材の設営とか運用とかしてくれたじゃないですか……」
「まあそれが俺の役割だからな。むらむら先生を支える。君の活動を応援するのが、俺の仕事だ」
「……じゃあ私も私の仕事をしちゃいます」
そう言って、むらむら先生は俺の頭に手を置いた。
「ちょっとむらむら先生、何で人の頭をなでてるの!?」
訳が分からない過ぎて、パニックになりかけるのをぐっとこらえる。
「ええとですね、私も私の仕事をしてるんですよ。頑張った助手君をいたわるのも、私の仕事ですからね」
「そりゃどうも……いったん離そうか」
顔を赤らめながら、そっと絵里の手を頭からどける。
絵里の方を改めてみると、彼女はにこにこと嬉しそうにしていた。
俺の頭をなでただけで、そんなに嬉しいもんかね。
「むらむら先生的には何かしてほしいことはないんですか?頭をなでるとかはなしで」
流石に炎上するだろう。
というか、正直さっきのむらむら先生もだいぶ怪しかったし。
「じゃあデュエットしましょうか」
「えっ」
「歌ってて思ったんですよ。確かに楽しいし、みんなも喜んでくれていてうれしい。でも、何かが足りない、何だろうって思ったら気づいたんだ。助手君の歌がないことに」
「いやあの」
「次は二人で歌いたいなあって」
「いや俺、歌うのはあんまり得意じゃなくって」
高校野球で校歌歌ってた時以来じゃないか?
それ以外まず歌うことがなかったので、本当に下手だと思う。
「それは一緒に練習すればいいじゃないですか」
「あー、カラオケでってことか?」
「嫌ですか?」
「……予定空けておくよ」
普通に仕事として必要なことだからな。
これは仕方がない、不可抗力である。
いやまあ、普通に絵里とカラオケに行くの楽しみではあるけれども。
【デートの約束を配信上でしてて草】
【なんというか、こう、てぇてぇ】
コメント欄も好き勝手言ってくれるじゃないか。
もちろん、大好きな女の子には違いないんだけれど。
「えへへ……嬉しいですね」
「……俺も嫌ではないですよ」
ダメだ、すごく、いやめちゃくちゃ恥ずかしい。
「じゃあそろそろ配信終わろう!」
「え、あ、わかりました。次回の配信も来週やります!」
【逃げてて草】
【また歌枠やって欲しい】
【デュエットも見たいなあ】
この日もまた、配信は大いに盛り上がり。
チャンネル登録者数はうなぎのぼりになるのだった。
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