第108話「間男の逆恨み」
未成年淫行の疑い――もとい事実で俺が逮捕されてからしばらくたった。
牢の中にいると、時間の感覚がなくなってくる。
とはいえ、俺にはまだ希望があった。
「出ろ」
俺の保釈が決まったのだ。
看守にそう言われて、俺は久々に刑務所の外に出た。
といっても、あれからそれなりに時間もたっていたし、何より屈辱は全く腫れていない。
「あの女、よくも……」
間違いなく、俺を売ったのは五号だ。
二号、三号、四号に確認を取ったところ、全く身に覚えがないという。
声音から、嘘の気配は感じなかった。
そして、六号と七号も違う。
やつらが俺を売るなら、自分以外と俺の映った写真を出せばいい。
一号は連絡が取れないが――あの物言いでは違うのだろう。
そも、やつが俺を積極的に潰したいならほかに手段はいくらでもあったはずだ。
それくらい、恐ろしい相手でもあるのだから。
「つまり、消去法で五号しかありえない」
「何をぶつぶつ言ってるんだ」
空気が、凍る。
もちろん比喩ではある。
だがそう感じるほどに、目の前の男は異様な覇気を身にまとっていた。
目にした瞬間誰もが居住まいをただすような。
そんな圧倒的な存在感が、目の前の男からは感じられる。
自分を二十年ほど老けさせたような顔。
「俺を助けてくれてありがとうございます、親父殿」
俺は慇懃無礼に頭を下げた。
こいつは、最悪のクズだ。
役者稼業に打ち込むあまり、俺を顧みようともしなかった。
俺がこの男からもらったのは、今回も含めて金だけだ。
まあ、保釈金も肩代わりしてくれたりしているし、うまく使わせてもらってるけど。
「そう思うのなら、もう少しまともに生きたらどうなんだ。お前、未成年はおろか人の婚約者にまで手を付けたと聞いているが」
「貴方に言われたくはありませんよ」
役者稼業にすべてを捧げている。
すべてを、だ。
俺は、こいつのようにだけはならない。
努力など要らない。
持って生まれた才能だけで、俺の望んだものはひとつ残らず手に入れてみせる。
が、俺の想いを理解しているのかいないのか、父は大仰にため息をついて。
「ともかく、慰謝料に関しては俺が立て替える。いい加減、馬鹿な真似はしていないで、きちんと働け。なんなら、俺が仕事を紹介してやってもいい」
「大丈夫ですよ。お金なら何とかしますし」
一号と五号は失ったが、まだ五人残っている。
空席になった五号に関しては、後々埋めるとしよう。
一号は……まあいいだろう。無理に埋めようとしなくたって。
「私はもうすぐ仕事に向かう。お前もいい加減、これを気に心を入れ替えることだ」
「了解いたしました」
俺は頭を下げる。
目は合わせない。
それがたった一つ。
俺の通せる意地だったと思うから。
「ああ、そうだ。今後、お前に対する金銭的支援は一切行わない」
「は?」
何を言っているんだ。
「元々、金がないとお前がどんなに危険な行動をとるかわからなかったから支援していたが……今回のことでお前に金を与えても意味がないとわかった。むしろ、愚行に使うだけと分かった今、容赦する意味はない」
「そんな……ま、待ってくれよ」
女どもから金をとるにしても限度というものがある。
「何度も言っただろう。これを気に真っ当に生きろと」
道路に現れたリムジン。
おそらく、運転手に待機させていたのだろう。
「ではまたな。次会うのは、お前が心を入れ替えた時だ」
そう言い捨てて、親父は車に乗り込んで消えた。
たった一人の息子である、俺を残して。
「くそっ、くそくそくそお!」
何もかもが気に入らない。
落ち着け。
何を優先するべきか、ひとまず頭を整理しなくてはならない。
俺は深呼吸して。
裂けるような、笑みを浮かべた。
◇
「さて、どうやって五号を見つけ出すかだけど……」
真っ先に考えるのは裏切者のことだ。
何が何でも恐ろしい目に遭わせてやる。
俺に逆らったことを後悔するような、ね。
「やつは俺に捨てられたことを恨んでいるはずだ」
というより、そうとしか考えられない。
「であれば、俺自身を餌にすれば釣れるのか?」
俺の方から会いたいと連絡を取ればどうだろうか。
五号とて悪い気はしないだろう。
やつは俺の子供を妊娠していた。
クソ親父のように誰かの親になるつもりなど毛頭ないが、「認知する」とでも言えばなおさらあのクソ女は来ざるを得ないだろう。
今のやつは孤立しており、助けが必要だということはわかる。
そして、そこに付け入るスキがある。
「それでつり出した五号を……どうしようかな」
やつに復讐する方法はいくらでもあるが。
どれが最上の手段なのか。
俺はその時を想像して笑った。
「復讐なんて愚かだって、普通の連中は言うんだろうな」
だが少なくとも、俺にとっては違う。
俺が行う復讐には意味がある。
だから。
「五号、覚悟してろよ」
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