第106話「二人っきりで、相談を」

 爆速で「あとは二人でイチャイチャしててください―」と言いながら帰宅していったわんださんを見送ってから、俺達は夕食の用意を始めた。

 夏休みはコミケということもあり、ほぼすべての家事を俺がやっていたが――コミケが終わってからは料理に関してはなるべく二人でやろうということになった。

 ちなみに、他の家事は基本的に俺がやることになっている。

 少なくとも、俺にとってはさほど負担はない。



「こっちに置いとくぞ」

「はい」



 切った野菜を横にスライドさせる。

 それを絵里が手に取ってフライパンへと投入していく。

 今日の夕食は豚となすの炒め物。

 あとは、サラダとみそ汁とご飯である。

 炒め物、慣れると結構便利なんだよな。

 作り方は同じなのに、具材で無限にバリエーション出せるし。



「炒めるの、終わりました」

「ありがとう。こっちもサラダの盛り付け、終わったよ」



 多分なのだけれど。

 俺も絵里も、別に一人で料理くらいはできる。

 負担がどちらか一方にかかりすぎることを懸念するにしても、曜日を決めて交代でやった方が効率がいいはず。

 それをしないのは、二人で料理をするという選択をしているのは。

 きっと、俺も絵里も。

 お互いに少しでも長く隣に痛いからなのだ。



 ◇



「いやー、今日もおいしそうですね」

「そりゃ絵里が作ったんだから、おいしいだろ」

「手助さんも一緒にやってくれたじゃないですか」

「……今日はむしろ絵里に任せすぎちゃった感じもあるけどな」

「あはは、じゃあ明日は手助さんが炒めてくださいね。多分炒め物なので」

「了解」



 調理が終わり、配膳する。

 理恵子さんは仕事が忙しく、今日も帰りが遅くなるらしいので先に二人で食べてしまう。

 


「いただきます」

「いただきます」



 向き合ったまま、手を合わせるのも、もう慣れた。

 絵里とこうして過ごす生活が、俺にとってはもうすっかり日常になってしまったのだ。

 だからこうして交際を始めたともいえるが。 

 しかし改めて考えると、付き合い始めたからといって何かが大きく変わるわけでもない。

 むしろ、何も変わらないのかもしれなかった。

 そんなことを考えつつ、ドレッシングを手を伸ばすと。

 手が、月島の指先に触れた。

 


「「――っ!」」



 とっさに右手を引き戻そうとする。

 しかし、それを他ならぬ絵里が止めた。

 俺の右手に、彼女の白い指が絡みつく。

 



「え、絵里?」




 鼓動が速まっていくのがわかる。




「ちょっとだけ、このままでいさせてください」

「……ああ、いいよ」




 二十代後半になって、情けない話だが。

 俺は本気で照れていた。

 絵里の方は、言うまでもなく真っ赤だ。

 


「あの、学校ではなるべく会わないようにしようって言ってましたよね?」

「言ったな。嫌か?」

「いえ、必要なことだと思います。私に嘘はつけませんから」

「…………」




 絵里は彼女の父に嘘をつかれ、裏切られた経験から嘘に対して拒否反応を示す。

 誰かが絵里に嘘を吐くのも、逆に絵里が嘘を吐くのも、彼女は許容できない。許せない。

 隠し事ができないなら、最初から疑いすら持たれなければいい。

 幸いというべきか、俺は絵里を教えることはないし、行事等で関わる可能性もほとんどない。

 だからいいアイデアだと思うのだけれど。



「ただ、だからこそ思うんです。こうして一緒に家にいる間くらいは、二人きりの時は、こうしてくっついていたいなって」

「…………」

「わ、私その、おかしいですか?」

「いや何もおかしくないよ」



 むしろ、おかしいのは俺の方だ。

 ばれないようにだとか、そういうことに配慮するのは当然だ。

 俺の為のみならず、絵里の心の為でもあるのだから。

 しかして、絵里の恋人に触れたいという当然の願いも組む必要がある。

 そもそも。



「俺だって、君に触れたいって思ってる」



 俺も同じ気持ちなんだから。

 


「あ、あうう」



 月島は顔を真っ赤にして目を逸らす。

 


「こっち向いてくれ、顔が見たい」

「ひうっ」



 恥じらう君が見たいと言えば、絵里はさらに顔を紅潮させ、しかして顔はこちらに向けてくれた。

 炒め物を食べたせいか。

 唇にいつもより艶が出ている。

 目も、顔も、自然とそちらに吸い寄せられて――。



「ただいまー」



 玄関から聞こえた声で、はっと我に返った。



「ただいま、二人ともいないの?あら?」



 リビングに入ってきた理恵子さんは、真っ先に食卓に着いている俺と絵里を――もとい手を絡めて見つめ合っているバカップルに視線を向けた。



「……お邪魔だったかしら?」

「「い、いいえ!」」



 俺も絵里も、両手を真っ赤な顔の前でバタバタさせて、否定する。

 けれどそれは否定としては成立していなくて。



「節度は、ちゃんと守るようにね?」

「「は、はい」」



 にっこり微笑む理恵子さんに対して俺たちはただうなずくことしかできなかった。

 まあ、一線を超えない限りは、こういうスキンシップも必要だろう。

 うん。

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