第105話「3Dモデルについて」

 3D。

 それは、多くのVtuberにとって憧れである。

 一つには、高価だから。

 今おおくのVtuberが使っているLive2D――二次元のイラストを動かしている方式と比べると、文字通り立体のアバターを作って動かす3Dモデルは情報量が圧倒的に多く、そして値段も当然高くなる。

 モデリングの要求される技術も上がるため、3Dモデルを作れるもの自体が多くなく、それも値段を吊り上げる要因になっている。



「確か、企業だとチャンネル登録者数10万人を超えた人に配布することが多いんだっけか」

「そうですねー、私が使っている3Dモデルも10万人記念に事務所からもらったものですし。逆に言えば、むらむら先生だって3Dモデルを取得してもおかしくないんですよ」

「まあ確かに」



 月煮むらむら先生のチャンネル登録者数は現在60万人。

 夏はコミケで忙しくあまり配信頻度が高くなかったが、それでも50万人からさらに増えている。

 はっきり言って、Vtuberの中でもトップクラスのはずだ。

 チャンネルを開設して三ヵ月しかたっていないことまで考えればどれほどの偉業であるか。



「絵里は、どう思ってるんだ?やっぱり3D化したいって思ってるのか?」

「ええと……」



「正直、よくわからなくって」

「うん?」


「3Dを作るってなると、大体はダンスとかライブとか、体を動かすパフォーマンスが前提になってるんだよね」

「なるほど、そういうものなのか」




 まあ、身体の動きが見える3Dなんだからそういう使い方が普通だろう。



「でもさ、私にとってはそういうのはあんまり得意じゃないんだよ。体動かすのも、歌を歌うのも」

「あー、なるほど」



 絵里は、ずっと部屋で絵を描いているような子だ。

 そういうパフォーマンスは苦手だろう。

 これまでの配信内容もお絵かき、ゲーム、雑談が主だったし、確かに難しいのかもしれない。



「じゃあ、3Dはやりたくないのか?」

「それも、多分違うんだと思います」

「…………」



 俺は、黙って絵里が続きを口にするのを待った。



「私は、全然何もできないです。歌も、ダンスも、わんだちゃんみたいにうまくできなくて……」

「そうか」

「でも、諦めたくないんです。全然やったことないんですけど、Vtuberとして新しい自分に挑戦したいって思うんです」

「なるほどね」



 ああ、なるほど。

 聞けば、何とも彼女らしいではないか。

 月島絵里は、いつだって前を向いている人だから。

 だからこそ、俺は。



「じゃあ、俺も全力でサポートするしかないな」

「……いいんですか?」

「そりゃ、君のサポートが俺の仕事だもん。歌でもダンスでも、いくらでも練習に付き合うさ」



 何より。



「そもそも、恋人が悩んでいる時、何もしないなんて俺にはできないよ」

「……っ!」



 絵里は丸くて大きな目をさらに大きく見開いて、こちらを見る。

 意味を理解すると同時に、頬が急激に朱色に染まっていく。



「も、もう、何ですか急に……嬉しいですけど。ありがとうございます」

「おう、じゃあ方針は決まったな」



 月煮むらむら先生と、犬牙見わんださんの3Dオフコラボを実現させる。

 3Dモデルを用意する。

 歌やダンスの練習をして、わんださんとそん色のないパフォーマンスができるようにする。



 それが、俺達のやるべきことだ。



「んで、3Dライブってのはいつやるんだ?」

「多分半年後、ですね」

「結構短いな……」

「これでもむらむら先生の伸びを考えれば遅い方かもしれないけどねー。ワンチャン3D獲得する前に100万人超えちゃうんじゃない?」

「あの、3Dモデルは制作が難しいので、どうしても期間は必要なんです」

「いくらロリリズムさんがハイパークリエイターと言えども、限界はあるってことだねー」



 どうやら、むらむら先生のLive2Dを制作したロリリズムさんが3Dモデルも作ってくれるらしい。

 俺は早い方だと思ったが、むしろむらむら先生というコンテンツの伸びる速度を考えれば遅い方らしかった。

 むらむら先生が人気過ぎる、というだけな気もするがね。

 それに、初期ほど爆発的に伸びているわけではない。

 


「とりあえず、むらむら先生と助手君には、3Dライブの準備をやって欲しいわけ」

「準備っていうのは、それこそ歌の練習とかか?」

「そう、それに加えて歌配信をやって欲しいんですよ。理由は二つあります」

「ひとつは、配信で歌うことに慣れるため、だとしてもう一つは?」

「むらむら先生――絵里ちゃんに実績を積ませるためかな」

「「??」」



 俺と月島は、ふたりそろって首を傾げた。

 


「て、てぇてぇ……じゃなかった。つまり、むらむら先生のファンにも先生が歌うことに慣れてもらいたいってこと。サプライズはリターンも大きいけれどリスクも大きいからね」

「いきなりむらむら先生が歌いだすとファンがびっくりするかもってことか」

「まあ考えすぎかもしれないけどねー。こういうのは慎重すぎる方がちょうどいいからさ」



 ともあれ、やることは決まった。

 交際を隠し通しながら、配信を続ける。

 そして、3Dライブを短期目標に、とりあえずは歌枠を実行する。

 よし、やってやろうじゃないの。

 

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