第104話「どうやって対策するか」
「改めて、対策を考えないといけない」
「そうですよねえ」
俺は絵里とともに、頭を抱えていた。
「付き合ったことって、誰かに言ったか?」
「いえ、今のところお母さん以外には誰にも」
「そっか、それはごめんな」
「いえそんな、顔を上げてください」
俺は頭を下げる。
無論わんださんが悪意を持って俺達の交際を広めたりすることはないだろう。
しかし人の口に戸は立てられない。
今まさに、俺がわんださんに漏らしてしまったように。
「えーっと、なんかごめんね?」
「いや、別に大丈夫だ。ただ、他言無用でお願いしたい」
「うんうんわかってるよー。学校はもちろん、インターネットも含めて、だよね?」
「そうだな」
俺と絵里の交際がバレて問題があるのは何も学校だけではない。
インターネット上においても同じことだ。
俺達はVtuber……タレントの端くれである。
もちろん、俺と絵里――もとい助手君とむらむら先生が付き合い始めたとなれば確かに肯定してくれる人もいるかもしれない。
だが、そうじゃない人もいる。
一定数いるむらむら先生のガチ恋勢は言うまでもないが、彼らはまだいい。
それ以上にそもそもむらむら先生のファンですらない人間たちの方が、問題だ。
むらむら先生のアンチ、Vtuber界隈全体のアンチ、再生数を稼ぎたいゴシップ系の配信者、炎上が好きな愉快犯など……むらむら先生や俺に対する愛着を持たないものの方がより数が多く、より脅威だ。
炎上したり、配信のコメントを荒らされたり、あるいは殺害予告を受けたり。
いくらむらむら先生が機械音痴とはいっても、まったくSNSやインターネットに触れないわけではない。
まだ十代の高校生なのだ。
プライベートを探られ、暴言を浴びることが彼女の精神にいい影響を与えるとは思えない。
少なくとも、付き合いたての繊細な時期にすっぱ抜かれるのはダメだ。
せめて関係が安定してから出さなくては。
それゆえにこそ、「結婚してから報告しよう」という結論になったのだから。
「とりあえず、学校では関わるのは原則禁止にしようか。もちろん、アイコンタクトとかもダメだし、よほどのことがない限りお互いの区域にも立ち入らないこと」
「そ、そこまでしないとダメなの?わんだちゃん」
「だめ、絵里ちゃんさっき日高先生と顔合わせた時に、全身から幸せオーラ放出してふにゃふにゃになってたもん。だから私は気づいたわけだし。くうーってぇてぇ!」
「……わんださん?」
会話の途中でいきなり天井を向いて叫ぶわんださんに、戸惑いを隠せない。
俺に声をかけられて、はっとわんださんは我に返る。
「ああすみません、つい発作が出てしまいました」
「ああうん、なるほど」
「まあでも、いいんじゃないですか?一緒に住んでるんですし、学校では会えなくても家で思う存分イチャイチャすれば」
「ごふっ」
「ちょ、ちょっとわんだちゃん、何を言ってるの!」
俺は思いもよらぬ発言にせき込み、月島も顔を真っ赤にして立ち上がる。
「いやまあ、お付き合いするってことはそういうことなのではとー」
「そういうことは、今のところは考えてないよ。今は絵里のことを大事にしたいって思ってるから」
「ほうほう。それはそれでてぇてぇですなー」
うんうんとうなずくわんださんに対して、俺は冷や汗を流すことしかできない。
そこらへんあんまり意識しないようにしてるんだけどな。
だって二人きりになったとき、辛抱たまらんくなってしまうし。
◇
「そういえば、何でわんださんはここに来たんだ?」
今更ながら、俺はわんださんと絵里に問いかける。
別に彼女が月島家に来るのは悪いわけじゃない。
不思議なのは、二人が俺にもここにとどまるよう言ってきたことである。
友人水入らずにするために、家のそとで時間を潰そうかと思ってたくらいなんだが。
「ああ、それは仕事の話をちょっとだけしたかったからなんだよー」
「?」
「犬牙見わんだと、月煮むらむら先生のオフコラボ配信について、です」
「…………?」
言いたいことはわかる。
二人でコラボするなら、確かに話し合いが必要なのはわかるが。
「それ、俺は必要か?」
カップルチャンネルを運営していると思われているむらむら先生とは異なり、わんださんはアイドルだ。
男性である助手君と、オフコラボはできない。
それこそ、オンラインでのコラボすら、反発する声は一定数あるらしい。
「いやいやー、実は今回に限っては日高先生の協力が欠かせないんですよー」
「どういう……」
「手助さん」
絵里は、緊張した面持ちで俺の方を見てくる。
「今計画しているコラボは……3Dのオフコラボなんです」
「……え?」
がたん、と音がして。
俺は無意識に立ち上がっていた。
椅子がこすれる音が、ゴングのように、俺には思えた。
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