3章 芸術の秋、Vtuberの秋
第103話「夏休みを終えて、始まる二学期」
夏休みを終えて、学校が始まる。
始業式、校長先生の長ったらしい演説を聞き流しながら俺はぼんやりと生徒の様子を見ていた。
受け持っている子や、かつて教えた子たち。
日に焼けたり、髪色が変わったりしている子も少なくない。
「…………」
生徒たちは、この三十日間で大きく変化をした者もいれば、さほど変化のないものもいる。
とはいえ、俺たち教師の側には大きな変化はない。
大人になると、学生のように変化することが難しい。
「いや、そうでもないか」
俺は、一人ごちる。
変化がないわけではない。
むしろ、この夏はあまりにも様々な経験を経て、自分にも周りにも色々な変化があったはずだ。
特に一番大きな変化は、なんといっても教え子にして同居人でもある月島絵里とのことだろう。
心が弱っていた時に救われ、相棒として仕事や生活を共にする上で徐々に惹かれていった。
絵里もまた、俺をパートナーとして望んでくれていて。
「こんな風になるとは想像もしてなかったなあ」
「日高先生、どうしたの?」
「うおっ!」
横から声をかけられてびくっとなった。
水野京子。
俺の同僚であり、友人でもある。
元カノ――元婚約者を俺に紹介してくれたりもした。
その末に色々あって今の絵里との関係があるので、人生どう転ぶかわかったものではない。
「なんていうか、随分雰囲気変わったねえ」
「そう、ですか?」
「そうそう、夏休み前はこの世の終わりみたいな顔してたじゃん。それが、二学期になったら、逆に元気溌剌って感じ?」
「ああ、うん、まあそうかも」
この夏、本当に楽しい思いでしかなかったからな。
コミケとか、夏祭りとか、トラブルもあったけど最終的にはいい思い出の方がずっと強い。
そしてそのすべてに、たった一人の少女の存在があるわけで。
「ひょっとしていい人が見つかったとか?」
「……何でそう思うんだ?」
声が少しだけ低くなる。
「だってそりゃ、あんなことがあって立ち直るってなったらそれが一番でしょう」
「それもそうか」
ここまでバレてるなら隠し通す方が不自然かもしれない。
「まあ、そうだな。そういう人がいる」
「ほほう。どんな人?」
「俺のことを支えてくれて、めちゃくちゃ頼りになる人かな」
「へえー、いいじゃんいいじゃん」
水野はニマニマ笑っている。
危なかった。
写真を見せるように言われたら詰んでいた。
二人で撮った写真も当然あるが、水野に見せるわけにはいかない。
見られたが最後、よくてクビ。
悪ければ警察沙汰である。
「いいなあ、私も彼氏欲しい……。日高先生、誰かいい人紹介してくれない?」
「一応俺の友達は一通り紹介したからあとは自分で何とかしてくれ……」
「そんな殺生なー」
紹介した男友達からことごとく、「なんか女性じゃなくて友人として見てしまう」と評されていた水野から、俺はそっと目をそらした。
ちなみに、もちろん本人には伝えていない。
さすがに与えるダメージが大きすぎるということかもしれない。
しかし、たかが表情一つでここまでバレるとは。
花火大会の時にも強く思ったことだが、どこに目があるかわからないし、どこから俺と絵里の関係がバレるか予測できない。
今後は、より一層慎重にならないとな。
そう考えながら、生徒たちに目をやっていると。
「……っ!」
ふと、絵里と目が合った。
彼女は俺を探していたのか、あるいは校長先生の演説に飽き飽きしていたのか。
俺の方を見て、花のような笑みを浮かべる。
それだけで、心臓が跳ねるのがわかった。
「……どうかした?」
「いや、何でもないよ」
首をかしげてこちらをみてくる水野をごまかしながら、俺は冷や汗がわきの下を伝うのを感じていた。
これは本当にまずいかもしれない、と。
◇
これは学校内にとどまらなかった。
家にわんださんを招いた時のこと。
「ところで、お二人はどっちから告ったんですか?」
「……俺の方からだけど」
「おーっ!マジですかあ!いやあ、めでたい!」
「うん?」
まるでたった今絵里と俺の交際を知ったかのような反応に、首をひねる。
「手助さん、あの、私わんだちゃんに報告してないです」
「えっ」
つまり、カマをかけられたわけで。
これはマズいなと改めて思ったのである。
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