第101話「元婚約者の収監」
「くそっ、なんなのよ!」
手助に再会してこっぴどく振られた後。
私は、両親によってあっさりと捕獲された。
確かに、仕事もせずにあちこちで歩いていたのは問題だったと思う。
けれど、だからといってここまでされる謂れはないはず。
「聞いてよ、パパ、手助だって悪いのよ、あいつが今日何をしてたか知ってーー」
「うるさい、お前は、どこまで卑劣なんだ!」
「は、はあ?」
「手助君が何をしていようが関係ない。もう接近禁止が出ている人間に近づいていくのがダメだと言ってるんだ。ましてや脅迫をするだなんて!」
「ねえ、あなたは自分が何をしているのか理解してるの?こんなことして、お腹の子供にだって顔向けできないでしょう?」
どうして、そんなことを言うの。
「慰謝料に関しては、ひとまず私たちが肩代わりする。子供が生まれるまでお前はこの家から出るな。そしてもう何もするな」
「そ、そんな……」
じゃあ、私はどうなるの?
「彼との結婚は?どうしたらいいの?」
「ふざけるな、この期に及んでまだそんな男のことしか頭にないのか?」
「本当にいい加減にして!」
両親は頭をがりがりかきむしり発狂する。
私は、現在の状況を改めて確認する。
考えまいとしていたことを。
だって、認識してしまったら耐えられないから。
元婚約者である手助とはもう会えない。
見限られ、連絡も取れる状態ではない。
脅迫も通じない。
彼は今、たった一人の少女を守ることしか考えていない。
「ありえない……」
彼と結婚することもできない。
だって彼は、はっきりと私を拒絶した。
私は彼に貢ぐための金づるでしかないとも、はっきり言われてしまった。
ゆえに、私にはもはや彼に会う意味はない。
写真は週刊誌に垂れ込んだけど、そんなささやかな復讐が実る保証もない。
そもそも、復讐できたからと言ってそれがなんだというのか。
彼が私のところに戻ってくる可能性はないのだ。
「どこで、間違えたんだろう」
――貴方は、自分を大切にすることすらできていない。
あの女子高生に言われた言葉が反響する。
どうしてなのだろうか、手助や両親に何を言われても響かなかったのに。
彼女の言葉は、すとんと胸に入って来た。
幸せになりたいと思った。
両親のように、お互いを心から愛し合える関係が欲しかった。
けれど、高校時代に本気で好きになった『彼』は私を選んではくれなかった。
恋に破れた私は、仕事に打ち込み、手助に出会って、婚約することになった。
それでも、私の心にはずっと『彼』がいて。
だから、久しぶりに『彼』と再会した時、私は『彼』にすべてを差し出した。
『彼』に愛してほしかったから。
けれども、それが間違っていたのだとしたら?
「あの子、理想って言ってたわね。私の理想って何だったのかしら」
いや、もうわかっている。
私の理想は、大切なパートナーと対等な関係を気づいて、幸せになることだった。
手助と、二年間交際していた。
正直、付き合い始めた理由は単なる惰性、あるいは消去法に過ぎない。
親友の顔を潰したくなかったし、手助のアプローチは今までにされたことがないくらい熱烈で真剣だったし、いつまでも独身なのも世間体が悪い。
はっきり言えば、打算が百パーセントの始まりだったと思う。
けれど。
作った料理を食べてもらって、毎日笑顔で「おいしい」「ありがとう」って言ってくれた。
私の体調が悪いときは家事を全部やってくれて、看病までやってくれた。
旅行に行くとき、どこに行くのか何をするのか一緒に考えた。
それは、私の、理想の。
「嘘よ……」
嘘ではない、幻でもない。
ただ、自分が犯した過ちと、もう後戻りのできない現実だけがある。
『彼』との生活はどうだっただろうか。
金銭を、食事を、一方的に捧げるだけで。
私は『彼』にとっては都合のいいだけの人間で。
だから、私は私の理想すら、全部失った。
やっとわかった。
私があの女の子の言葉を素直に聞けたのは。
あの子が私に近い境遇で、私とは対極の選択をしたから。
自分の理想に殉じ、その結果これ以上ない程に欲したものをつかみ取ったからだ。
「あ、あああああああああ」
後悔が、無尽蔵に流れ込んでくる。
けれど、もう遅いのだ。
全部失われて、壊れた後なのだ。
手助と、あの女の子の幸せそうな笑顔が、脳裏に張り付いて離れない。
けれど報復もできない。
だってそれをするのは、私の理想の否定に他ならないから。
「あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!」
私は泣いて叫ぶことしかできなかった。
もう、遅い。
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