第99話「日の当たる場所でなら死んでもいい、と彼女は答えた」

 花火が上がって、空の上で炸裂する。

 その音を聞いた時、俺は花火を見ていなかったから。

 一つには、月島の方を、俺が好きな女の子の方を向いていたから。

 もう一つの理由は。




「どふっ」



 月島が全力で駆けてきて、俺の胸に飛び込んできたからだ。

 いや、厳密には腹だな。

 かなり身長差があるので、もろにみぞおちに頭突きされたような状態になる。



「お、おお」



 言葉に詰まってしまう。

 いや、感動したとかではなくて物理的に。

 先ほど食べたりんご飴がリバースしそうになったが、リバースキャンセルしておいた。



「あの、月島さん」

「……見ないでください」

「見るなって、何を?」

「顔、見たらダメです。今とんでもない顔になってるので」



 普通に見たいんだけど、押したら見せてくれたりしないだろうか。

 まあ、予想はある程度できるんだけどね。

 かろうじて見えている耳が真っ赤になっている時点で。



「そりゃよかった。多分、俺の方も変な顔になってる」



 告白するなんてこと、人生でそう何度も起きるものではない。

 少なくとも、俺の場合はわずか二回しかない。




「いいんですか?」



 

 




「わ、私、あの、めちゃくちゃ重くて」

「重い?」

「あの、付き合ったら、もう結婚を前提にしたいっていうか」

「それは俺もそうだけど」


 

 正直俺の方はかなりいい歳だし。

 浮気が発覚していなければ今頃はあの元婚約者と籍を入れていただろう。

 それはそれで災難だっただろうな。

 あと、俺としては結婚する気もないのに恋愛をしようという発想が湧かない。

 要するに、俺にとってはデメリットでも何でもないのだ。



「機械音痴だし、常識とかあんまりないから迷惑かけちゃってるかも」

「それはお互い様だよ。というか、迷惑かけられたことなんてないって」



 最初に出会った時から、月島に迷惑をかけられたことなんて一度もない。

 


「全然恋愛経験ないからどうしたらいいのかわかんないし、運動音痴だし、慎重低くて胸も小さいし……」

「いいんだよ」


 

 俺は、月島に回した腕に少しだけ力をこめる。

 絶対に離さない、離したくないという意思をこめて。



「全部わかってるから。全部を理解したうえで、俺は君のことが好きだし、君が欠点だって思ってるところも魅力的だと思ってる」

「じゃあ巨乳と貧乳どっちが好き?」

「それは巨乳だけど」

「…………」

「痛い痛い無言でつねらないで!」



 嘘つけないんだから仕方ないだろう!

 


「でも、好きなんだよ」

「……はい」

「月島」

「なんですか?」

「顔を上げて欲しい。君の顔が見たい」

「ずるいですよ、先生」



 月島はゆっくりと顔を上げる。

 顔が紅潮して、瞳がうるんでいて。

 本当に可愛らしい。

 


「私も、先生のことが好きです。ずっと前から好きでした」

「うん」




 花火の音が時折聞こえてくる。

 音に負けないように少しだけボリュームを上げて会話をする。

 けれど、花火は視界に入ってこなくて。

 目の前の彼女しか見えていない。



「昔、先生に彼女ができたって聞いて一度はあきらめたんです。この気持ちはしまっておこうって」

「うん」

「でもあの日、取り乱している先生を見て、力になりたいって思って。そして、何よりやっぱり会いたくて。立ち直って欲しくて、私の仕事を一緒にやりたくて、昔作った先生の絵を立ち絵として転用したんです」

「そうだったのか」



 それは知らなかった。

 確かに俺をデフォルメしたイラストは昔から描いてたけど。

 


「私、変なこと言うかもしれないんですけど」

「うん?」

「今この瞬間が、人生で一番幸せです。今死んでもいいやって思うくらいに」



 鈴のような声は弾んでいて、聞くだけで俺の心を温めてくれて。

 


「私からも、お願いしたいです。日高先生、いえ」



 月島は俺の手を取り。



「手助さん、私と、恋人になりましょう」



 花が咲くような笑みを、俺に向けてきた。

 


 こうして俺たちは、恋人になった。

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