第97話「パーフェクトゲーム」
「はっきり言っておくがお前に俺を糾弾する資格はない。そもそも接近する権利すらない」
「何を言ってるの?私のいうことが聞けないのならあちこちに触れ回るわよ?」
「そうか、じゃあ、この人達にも同じことを言うのか?」
「え?」
月島が喋っている間俺も何もしてなかったわけじゃない。
スマホの画面をーー俺を守ってくれた守護者を突きつける。
画面には通話中、という文字が写っていて。
「お前、何をやってるんだ?」
「ねえ、手助君に会いに行くなんて何を考えてるの?接近禁止令が理解できないの?」
「お父さん、お母さん」
元婚約者の両親に電話をかけた。
二人の連絡先は念には念を入れてブロックしていなかったんだよな。
こういう事態に備えて、だが、まさか本当に使うことになるとは思っていなかった。
接近禁止令がだされたやつに会おうだなんて普通考えないだろうし。
まあそれだけ追い詰められていたのか。
月島の言うとおり、自分を大事にできなかった結果が今の元婚約者なのだろう。
「はっきり言っておく。俺に関して何かしたいのなら好きにすればいい」
自分がやったことの責任はとらなくていけない。
不注意だったとしか言えないからだ。
これで教師をクビになったとしても仕方がない。
「けど、この子まで、何の非もない彼女まで巻き込むことは許さない。それをやるなら、俺は全力をもってお前を叩き潰す。たとえ相打ちになってもな」
そもそも接近禁止を破ったのはこいつの方だ。
俺が何をしていようと、元婚約者がルールに抵触したという事実は覆らない。
ならば、
「本気で言ってるの?」
「俺は俺にとって大事なものを守るって決めてる。お前こそ本気で言ってるのかよ?人を脅迫したその口で復縁しようだなんて」
誰かを想い、好きになってもらいたいときに。
普通のひとならどうするだろうか。
簡単なことだ。
何かを与えればいい。
その人が何を望んでいるか考えて、その人が喜ぶように努力する。
もちろん報われるとは限らないが、特におかしな話ではないだろう。
月島が、俺にそうしてくれたように。
かつて、俺が元婚約者にずっとしてきたように。
「お前は、人を愛したことが一度もないんだろうな」
「な、なにを」
「自分の都合が通れば、他のことはどうでもいいし、どうなってもいい。そんな話が通ると思ってるのは他人を心の底から舐めている証拠だ」
不倫は、何があってもやってはいけないことだ。
それは、法律がどうとかそういう話ではない。
誰かの心を、信頼を、関係性を踏みにじる行為だからだ。
それすら理解できない人間に、どうして幸せになれるというのだろうか。
どうやって、誰かを幸せにできるのだろうか。
「君には、人を幸せにすることはできない。君は、幸せになれない。少なくとも、何の罪もない、最高に素敵な女の子を人質にとるような真似をしているうちはね」
「ぐ、ぐうっ」
「行こうか、月島」
「は、はい!」
余程効いたらしく、潰れたカエルのような声を出していた。
『手助君、少しだけ彼女と話す時間をもらえんかね?』
「あ、はい、大丈夫ですよ」
俺は、携帯電話を元婚約者の耳元に近づける。
元婚約者は、青かった顔を白くして、その場に倒れこんだ。
「…………」
最後に一度だけ、ちらりと元婚約者の方を振り返る。
「こんなはず――、私――になれると」
ぶつぶつと何事か呟いており、焦点も合っていなかった。
「さようなら」
きっともう二度と会うこともあるまい。
そんな予感と、期待を抱えながら俺と月島は立ち去った。
「大丈夫でしょうか」
「大丈夫だろ、ただ精神的ショックで参ってただけだろうし」
加えて、電話越しに彼女の父親から何かしら問い詰められていた。
何を言われたのか、彼女は顔面を蒼白にしていた。
あまりわかってはいないが、これにて一件落着と考えて問題ないだろう。
「日高先生、そういうところですよ?」
「どういうところ?」
「私は、あの人じゃなくて先生の心配をしてるんです。もしも、教師をクビになったり、逮捕されたりしたら……」
「その時はその時、だよ」
やましいことは何もないと月島や理恵子さんが証言してくれればいいのだが、それが通じない可能性もある。
ただ、少なくとも。
月島を危険にさらすような真似はしない。
「そういえば、もうすぐ花火始まりますね」
「ああ、そんな時間か」
屋台が楽しかったり、とんでもないハプニングがあったりして忘れがちになるが、今日のメインはあくまでも花火大会である。
今更だけど、月島は本当に花火大丈夫なのか?
幸いなことにと言っていいのかは全く分からなかったが。
空には雲一つなくて。
綺麗な月が――あたりを照らしていた。
道を、建物を、そして俺が最も美しいと思う人の横顔を。
「月島、ちょっといいか?」
「え?」
言わなくてはならないことがある。
いや違う。
伝えておきたいことが、あるから。
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