第90話「予期せぬ再会」

 狐面を被った少女と、サングラスをかけて甚平を着た男。

 傍から見た時、俺達はどう見えているのだろうか。

 いやまあわかってはいる。

 誰に訊かずとも、本当は理解している。




「うう、輪投げが全然入りません」



 祭りの屋台とは、何も別に食品だけではない。

 射的や金魚すくいなどのレクリエーションも多数存在する。

 俺達が現在挑んでいるのは輪投げである。

 ルールはシンプル。

 輪っかを投げて、的から突き出た棒に引っ掛けるだけ。

 だがそれが難しい。



「遠いな……」



 そう、輪から的までが遠いのだ。

 屋台に限界まで奥行きを出して、五メートル以上の距離を作り出している。

 これではまず届かない。

 


「月島、流石に無理じゃないか?」

「で、でもあのフィギュア……」

「また買えばいいだろ」




 月島の積み上げた財産なら、美少女フィギュアの一つや二つ容易く買える。

 収納場所を考慮する必要はあるが、無理をする必要はない。



「ダメなんです、先生」

「あのフィギュアは『魔法少女プリズム・プリズン』の主人公プリズムちゃんなんですが――制作会社と声優の不祥事で制作も販売も中止になり、出回っているのはごく少数と言われてます」

「つまり?」

「ここを逃せばもう手に入らないかもしれません」

「なるほどなあ」



 もう手に入らない何かを追い求める。

 その気持ち、俺にはよくわかる。

 とはいえ、共感ばかりしていても始まらないので俺は次なる一手を打つことにした。



「じゃあ、せっかくだし俺も投げていいか?」

「いいんですか?」

「月島が欲しいなら、俺だって取りたいよ」



 それは俺の本心だった。

 だから俺は、輪っかを構える。

 輪投げをしたことなんて人生で数えるほどしかない。

 それも、小学生の時以来だ。

 けれども、まるで外す気はしていない。

 だって、物を投げるのには慣れている。 

 それに、今この瞬間だけは絶対外せない。

 一番大事な人が、こんな近くで見守っている。

 だったらそれを裏切るような真似だけはできない。

 月島絵里という人間を失望させるようなことだけは、絶対にしたくないのだ。



 第一投。



 無事に輪は棒に引っかかる。

 そして、九回連続でそれは続いた。

 昔とった杵柄というのは正確ではないような気もするが、ともあれ投げるということに慣れているのは大きいだろう。

 物を投げるという行為、意外とみんなやってないんだよね。

 元野球少年からすればかなり意外なんだけど。

 ともあれ、俺は培ってきた技術によって九投目までを無事成功させた。

 このままなら、確実に一等が取れる。

 そう判断していた。

 


「悪いね、ちょっと的が変だなあ」



 屋台の店主がそんなことを言いだして、的を後ろにずらすまでは。

 先ほどまで五メートルの距離があったが、もはや十メートル近い距離がある。      

 これ、届くんだろうか。





 どうやら、よほど一等を取らせたくないらしい。

 普通そこまでするかなとも思うが、まあ店側としてもそりゃ商品を手放したくないんだろうな。

 察するに、一等に置いてあることからしても彼らはあのフィギュアの価値を正確に理解しているのではないだろうか。



「やってくれるねえ」




 ここまでやられるとは思わなかったが、仕方ない。

 多分ここでごねても出禁にされるだけ。

 なら、なんとしてでも最後の一つを入れて一等を取るしかない。



「ふっ」




 何度も何度も繰り返してきた。

 投げていたのは輪っかではなくボールだけど。

 物を速く正確に投げることに関しては誰よりも努力してきた自負がある。

 ここ一番の大勝負。



「やった」

「あーまじかよ、悪かったな、兄ちゃん」



 店長は頭を下げて、フィギュアを渡してくる。

 俺はそれを黙って受け取った。

 どうでもいいことだったから。



「はい、どうぞ」

「あ、ありがとうございます。あの、お金」

「いやいいよ」



 財布からお金を取り出そうとする月島を止める。

 別に五百円くらいどうってことないし。



「じゃあ、俺からのプレゼントってことでどうだ?」

「プレゼントですか?」

「うん」



 月島にあげたいと思った。

 この子の喜んでいる顔が見たかった。

 だから、俺はこのフィギュアを手に入れた。



「ありがとうございます。ずっと大事にしますね」



 壊さないように優しく、それでいて愛おし気にフィギュアを抱きかかえる。

 そこまで大事そうに抱え込むのは果たしてただ単純に好きかつ貴重なものだからか。

 あるいは。

 俺は、それを知りたいと思った。

 そして、どうして知りたいと思うのかを言うべきだと思った。



「なあ、月島」

「は、はい」

「俺は」



 だから俺は、決定的な言葉を口にしようとして。



「手助?」



 絶対に聞くはずのない声を聞いた。

 聞き覚えのある声だった。

 そして、最も会いたくない声だった。

 


「なんで、お前が?」

「久しぶりね?元気だった?」



 無遠慮にがっちりと手を掴まれる。

 いまだ治らぬ女性恐怖症によって、りんご飴が逆流しそうになる。



「少し話したいのだけれど、いいかしら?」




 元婚約者が、そこにいた。



 ◇◇◇



 圧倒的絶望感。

 どうやって切り抜けるのか、どのようなざまぁがあるのか、ご期待ください。




 

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