第91話「元婚約者の発見」
「彼」と未成年女の浮気を撮影してからというもの、私は彼に会えていなかった。
理由は、何者かによって私の情報が出回ったためである。
普通二十代女性が不審者として扱われることはない。
それは女性に不審者がいないのではなく、不審者として扱われることはまずないというだけの話である。
なのにどうして私が不審者として扱われているのか。
それは一応の被害者が女子高生であるというのが最大の原因だと思われる。
いくら私が人畜無害な女性であっても、より無害度の強い子供に過ぎない女子高生が被害者側に回れば十分な脅威と判断されてしまうというわけだ。
閑話休題。
彼のことはタレコミで週刊誌に売ったから問題ない。
いずれは彼が周りで侍らせている女どもを失ったところに隙を伺って、彼を手に入れる。
だが、問題は当座の生活をどうするかである。
職場をクビになり、両親にも見限られ、しばらく彼には会えない。
「このままだと野垂れ死ぬ……」
そう言えば、聞いたことがある。
浮浪者にとって、祭りは稼ぎ時なのだと。
祭りというのは、多くの人が集まる空間だ。
そして、その状況においては小銭がたくさん落ちると聞いた。
さらにいえば祭りでは多くの人が一方向に歩くため、小銭を落としてもそのまま流されて拾うことが出来ず諦めるしかないらしい。
だから祭りの後に小銭を拾いに来る人たちが後を絶たないのだとか。
無論、それを聞いた時には自分がその知識を使うなんて思っても見なかったわけだが。
今は、その知恵が役に立つ。
最悪、急場をしのぐくらいのことはできるはずだ。
かくして、私は祭りに参加することになった。
◇
「全然落ちてないじゃない……」
そもそもの問題があった。
どうやって、小銭を見つけるのかという問題が。
祭りの後では競合に先を越されてしまうという思いから祭りに参加していたが、人ごみの中で足元に落ちている小銭を見つけるのは至難の業だし、どうやって拾うのかという話でもある。
仮に見つけて拾えてたとしても、そうなる前に自分の指がへし折れるのが関の山に違いない。
まずい、このままだと祭りに来たのに何の成果も得られないことになる。
「お腹空いた」
周りには焼きそばやりんご飴などが屋台で売られている。
とてもおいしそうだが、そんなものを買っている余裕はない。
こういう商品は雰囲気を味わう都合上、実際の価格より値段が高いことが多い。
それが決して悪いことというわけではなくて、そういうものなのである。
「あれ?」
祭りの人ごみの中、見知った顔を見つけた。
別に探していたわけじゃない。
でも、背が高いから、自然と目に入ってきた。
「手助?」
私は思わず口に出していた。
かつての婚約者の顔。
最後に直接会ったのは、「彼」との浮気現場を見られたときのこと。
あの時、彼が逃げ出したあと「彼」と一緒に手助の部屋から預金通帳を取り出し、(そもそもかなりの量をあらかじめ私の口座に移動させていたが)彼の家に転がり込んだ。
「もしも」
私があの時、逃げ出さずにいたら。
私はまだ手助と一緒にいられたのだろうか。
物足りなくはあったけれど、優しい彼は私を包んでくれる。
私が失敗した時も、彼は受け入れて抱き留めてくれた。
「そうすれば」
今度こそ、うまくいくのではないか。
私と手助と、お腹の子の三人で、また家族としてやり直す。
誠実で、優しい人こそが今の私には必要だ。
まずちゃんと謝って、話し合おう。
そうすれば、わかってくれるはずだ。
だって、私はまだ謝っていない。
誤解を解いて、許し合えば、また元の関係に戻れるはず。
「待って!」
私は人ごみの流れに逆らって走る。
気分が悪い。
久々に運動したことにより体が悲鳴を上げているのか、はたまた妊娠のせいか。
いずれにせよ、私はこの可能性を逃すわけにはいかない。
「手助?」
私は、彼の手を掴んだ。
「ああ、やっと会えたわ」
久しぶりに会った手助は随分と顔色がいい。
ビデオ通話であれこれ言われて非難された時は随分顔色が悪かったしやせていた。
だが今は、元に戻っている。
それどころか、前より体調がいいかもしれないとすら思える。
これは希望があると感じた。
手助は私と縁を切りたいと主張し、慰謝料を請求してきたとき。
彼の精神状態はどう考えても普通ではなかった。
むしろ、壊れかけていた。
だからきっと冷静な判断が出来ていなかったのだ。
できていたら、私のことを手放したりなんかしない。
もしかしたら今日来たのも、私に会えるかなと期待していたのかもしれない。
「日高先生、この人は、誰ですか?」
下から声がした。
鈴のなるような綺麗な声。
足元を見ると、小柄な浴衣を着た美少女が私を見上げていた。
警戒するように私を睨んでいる。
いやそれならいい。
何よりも驚き、私を苛立たせたのは。
そいつが手助を守るように、組んだ腕にしがみついてきたことだ。
「あんたこそ、誰なのよ」
聞くまでもない、私は直感する。
こいつは、私の敵だ。
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