第86話「コミケ振り返り配信」
「みなさん、こんばんは、月煮むらむらです。お久しぶり」
「こんばんは、助手です。今日はコミケの振り返り配信をやろうと思います」
Vtuberが配信以外のイベントを開催するのはよくあることらしい。
ライブだったり、コミケのような同人即売会への参加だったりと形式は色々だが、イベントが終わった後で振り返り配信をする、というのがお決まりになっているのだとか。
例にもれず、俺達もコミケでの振り返りをしていこうということになった。
「じゃあ、コミケに関して振り返っていこうと思います。まず、頒布した同人誌に関して」
【おっと内容とかにも触れてくれるのか】
【それって大丈夫なの?】
「もちろん中身を写すつもりはないけどね、まあどういう内容だったかは大まかに説明しようと思って」
むらむら先生の同人誌はコミケが終わったあとも、同人ショップを通じて販売される。
これは、転売などを防ぐ狙いがある。
数を制限してしまうとどうしたって買占めと転売の的になる。
それを避けるための解決策の一つが、数を増やすことだ。
物量を増やしてしまえば、買占めは不可能になるから。
もちろんファンの反発を防ぐために、コミケ後に同人ショップで販売されることはあらかじめ告知されている。
加えて、現地まで買いに来るファンが虚しい思いをしないように現地に来た
人には特典をつけてある。
俺はパソコンを操作して、あらかじめ取り込んであった画像を表示した。
【これって、ポストカード?】
【あー、会場限定って言ってたやつか】
【待ってめちゃくちゃかわいいやんけ!】
麦わら帽子とワンピースを身に着けたむらむら先生の描きおろしイラストだった。
さらに、俺の表示した画像には「助手君へ」と書かれている。
それが、今回の特典の最も重要な部分である。
「来てくれた人の名前を書いた、世界に一つしかないポストカードだよ!」
「直筆サイン入りだったな。ちなみに、俺だけじゃなくて売り子さん達ももらってる」
【来たかいがありましたね ト音るな】
【るなちゃんうっきうきだったもんね 】
【額縁に入れて部屋に飾ってあります 】
「あ、みなさん配信来てくださったんですね。ありがとうございます」
「三人のコスプレもめちゃくちゃかわいかったので、是非みんなのSNSとかフォローしてあげてくださいね!」
いやそれにしても、ポストカードは本当に大変だった。
奥に引っ込んでいる月島がこっそりと希望者の名前を書き、それを顔が見られないようにカードだけを段ボールの隙間から差し出してもらって俺達が手渡すという方法をとっていた。
名前を聞き出してカードを手渡す俺達もそれなりに苦労したが、一番しんどかったのはむらむら先生だろう。
利き手である左手、筋肉痛でしばらく何も持てない状態だったもんな。
「本当にむらむら先生、お疲れさまでした」
「いえいえ、ファンの方々に喜んでもらえるなら安いものですよ」
【お疲れさまです! ¥3,000】
【本当にありがとう】
「せっかくなんで、コスプレイヤーさんのお写真も載せちゃいますか」
「ついでにSNSのリンクも貼っておこう。みんな、どんどんフォローしてくれ」
【了解です!】
【ちょうどむらむら先生のコスプレイヤー探してたから助かる】
俺はコスプレイヤーさんの写真を画面上に表示する。
言うまでもないことだが、ちゃんと許可はとってある。
さすがに無許可で載せたりはできないからな。
まあ向こうとしても、俺達を通じてファンが増えてくれれば万々歳だろう。
「そんなわけで、たくさんの人の協力があって、無事完売となったわけですね」
「いや本当に……本当に、お疲れ様」
本当に月島は頑張っていた。
当たり前だが、月島の仕事はイラストレーターであり、漫画家ではない。
漫画を描くこと自体が稀だし、仮になれていたとしても漫画を描くのはさまざまな苦労が伴う。
漫画家の中には体を壊したり、夭逝した人も少なくないと訊く。
一か月という比較的短期間とはいえ、かなり無茶をしていたのは傍から見ていただけの俺でもわかる。
何度か止めようか迷ったほどに。
それでも、むらむら先生は止まらず、諦めず、作品を描き切った。
それがどれほどすごいことか、かつて夢を追いかけていたことがあるからこそよくわかっている。
「じゃあ、ご褒美ください」
「?」
月島はそっと俺の右手を掴むと、彼女の頭の上に置いた。
「撫でて、いいのか?」
「はい」
「じゃあ、失礼します」
そっと、小さな頭をなでた。
艶のあるさらさらした髪の毛の感触が心地よくて。
いつまでもそうしていたいと思って。
【うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお! 犬上わんだ】
【てぇてぇ がるる・るる】
【ありがとうありがとう ¥10000】
【うっ、心臓が ¥40000】
コメント欄を見て、正気に戻された。
そうして、コミケでのサークル主としての説明は終わった。
ここからは、客としてのターンである。
正直ここからの方が説明しづらい。
だって自分達が買った同人誌について語ることになるわけだし。
いったいどうしたものか。
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