第85話「元婚約者の追跡」
彼に責任を取らせる。
私の頭の中にあったのはそれだけだった。
しかし、どうすればいいのか。
私と彼は結婚していない。
付け加えれば婚約もしていない。
お互いの両親に挨拶にいくこともない。
「両親は忙しいから」とか言っていたが、今になって思えば結婚する気自体がなかったのだろう。
「だったら、私にも考えってやつがあるのよ」
つまるところ、彼を説得して結婚させればいいのだ。
そのために必要な材料とは何か。
わからない。
わからないが、ともかくじっとしていてもらちが明かない。
そして、答えが彼の中にあることだけはわかっているから。
「ふーん、これで全員かしらね」
彼のことを付け回した結果。
やつには私以外に、六人の女がいることがわかった。
正直よくもまあバレずにやってこれたなと思う。
ただ、何人かの女は、どうも他にも女がいることを知っているようだ。
そういえば彼の浮気を目撃した日、私はともかく浮気相手はさほど驚いた様子もなかった。
「どういう気持ちなのかしらね」
自分の愛した男が、他の女とも交際しているというのに、どうして何も気にせず関係を継続できるのか。
私には到底理解できない。
浮気や二股なんてろくでもないと、心から思う。
スマートフォンのカメラで写真を撮影する。
手助のやり方を模倣させてもらった。
動画を撮られた時には何をしてくれてるんだと思ったが、こうして私のアイデアの元になってくれているのなら感謝するほかない。
まあ、盗撮なんじゃないのと思わないではなかったが、すべては私と彼が結ばれて幸せになるため。
私は何一つ間違っていないはず。
そもそも手助だってやってたことだし。
「ともあれ、今日はまた他の女ね」
以前寝室で見た女とも、カフェに現れた女ともまるで違う。
若い、というかむしろ……。
「幼い?」
ぽつりと、口からつぶやきが零れ落ちる。
私はまだ二十代半ば。
そんな私が若いではなく、幼いとすら感じる。
おかしな話だ。
「未成年、なの?」
だとしたら、筋は通る。
もし本当にそうなのであれば。
「あははっ」
口から笑いが漏れる。
笑いが止まらなかった。
「これなら、いけるかもしれないわ」
私は、作戦を固めた。
◇
「はあ……」
結局それから数時間の間、私は彼とその浮気相手を追いかけ続けた。
彼女が未成年であることを証明できれば、彼を説得する材料になりえるかもしれない。
「気持ち悪い……」
それは、愛する男と浮気相手を追い続けたことによるものか。
あるいは、単純に妊娠ゆえの体調不良か。
いずれであっても、よくはない。
「あの、さっきから何をされているんですか?」
「え?」
初老の男性が、声をかけてきた。
声をかけられるのはいい。
問題は、彼の態度がどう考えても警戒しているように見えることだ。
「いや、あの子のことを尾行しているように見えたというか?いやまさかそんなことがあるわけないよな、とは思うんですがね?何をされているのかなと思いまして」
どくん、と心臓が跳ねる。
私のやっていることに間違いはないはずだ。
だが、そうであっても不安が身をもたげる。
ストーカーであると誤解されたら?
そして追っている少女に私のことがバレたら?
少女を経て、彼に伝わってしまったら?
今度こそ復縁できなくなってしまうかもしれない。
というか警察に通報されたら問題よね。
「わ、私はね、正義の行いをしているの」
「はあ、正義、ですか?」
「そうよ、彼が私を捨てたの、だからあの泥棒猫の秘密を暴いて、彼を取り戻すの」
詳細を離すと面倒なので、かいつまんで話す。
とりあえず、私に何の非もないことは伝わったはずだ。
「いや、それはおかしいでしょう。通報させてもらいますね」
「は?」
何を言っているのか。
悪いのは彼と、私から彼を奪っていく泥棒猫だというのに。
年を取ると脳細胞が劣化していくと聞いたことはあるけど、ここまで簡単なことが理解できなくなるなんて。
「ちょ、ちょっと待ってよ、私の話を理解できてないくせに勝手なことを言わないで!」
「いえ理解はしてますよ。要するに、男を奪われてストーカーになり、脅迫してよりを戻そうって魂胆でしょ?確かに男の方にも問題があるのかもしれんが、アンタにもかなり問題があると思うよ」
「な、な、なっ!」
淡々と冷静に言われたくないことを言われる。
私だって、本当はこんなことがしたいわけじゃない。
ただ、彼と一緒に生きていたいだけなのに。
「くっ」
「あっ、ちょっと」
私は初老の男性を置いて走り去った。
その後、特に警察が来ることはなかったが、暫くは恐怖と吐き気でよく眠れなかった。
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