第82話「過激すぎるのはほどほどに」

「こ、これは」


 二作目は、いわゆるモブレというやつだ。

 むらむら先生がモブというか、顔のないマッチョにーー凌辱されるというストーリーである。

 ストーリーと言えるようなものはなく、モブに誘拐されたむらむら先生がひたすら犯され続けるというものであった。



「うーむ」



 正直なところこういうジャンルは嫌いではない。

 嫌いではないのだが――それを知り合いでやられると微妙な気持ちになる。

 お父さんお母さんの痴態を見るような気分とでもいうのだろうか。



 ちらりと、むらむら先生の方を見る。

 本を開いている間、彼女は一言も声を発さなかった。

 流石にこれはショックが強かったのではないかと心配だったのだが。



「…………」



 あ、だめそう。

 顔を真っ赤にして、体を震わせている。

 涙目になっている。



「私、こんなことしませんもん」

「え?」

「私、こんなことしないもん」

「あ、うん」

「私、好きな人以外にこんなことしないもん……。そんなことするくらいなら」

「うんわかった、俺が配慮できてなかった。ごめんな?」

「い、いえ」



 流石に月島に謝った。




「別にレイーーああいうジャンルがあることはいいと思うんですよ。ただ、なんというか私自身が対象だと思うと、その」

「まあ嫌だろうな、普通に」

「ええとその、別に私がああいうことをされている本が嫌いというわけではなくて……」

「?」



 では何が不満なのだろうか。



「この本完全に快楽堕ちしてますよね?これだと、まるで私が安い女みたいじゃないですか?」

「あー、まあ、そうか?」



 言われてみればそうかもしれない。

 無理やりそういうことをされて堕ちてしまうというのは、傍から見れば軽い人間に映るのだろう。

 もちろんこれはあくまでもフィクションだが。

 閑話休題。

 


「要するに、月島はキャラクターに対する解釈違いで怒ってるのか?」



 解釈違い。

 二次創作には付きまとう問題だ。

 原作を元に、それを解釈して二次創作は作られる。

 しかし、人によって解釈は異なる。

 例えば同じ作品を見ても男女の恋愛ととるか、BLを見出すか、百合を生み出すのかは人それぞれであるように。

 そして別の人間が異なる解釈で作品をとらえる以上、起きるのが「解釈のズレ」である。

 これを俗に解釈違いと呼ぶ。

 二次創作を受け入れて成長してきたサブカルチャーにおいて、非常に根深い問題でもあった。

 まあ、大抵はすみわけ――距離を置くことで解決してきたわけだが。

 


 むらむら先生は、すうっと息を吸い込んで本を閉じると、口を開いた。



「そういうことになりますね……半分くらいは」

「そ、そうか」




 思わず、言葉に詰まる。



「あと、やっぱり先生の前だったので、恥ずかしくて」

「まあそれはそう」



 俺もさっき一冊目を読んでるときはめちゃくちゃ気まずかったし。

 自分の痴態を母親に見られるとああいう気分になるのだろうか。

 いや見られたことはないのだが。



 それはとある可能性に気付いてしまったから。

 一冊目で、月島は全く怒っていなかった。

 それはつまり、あのシチュエーションが月島にとって解釈違いではなかったということであり。



「月島、お前は、その」

「え?あっ」




 月島も気づいたらしく顔を真っ赤にしていた。

 ぱっとペットボトルに入ったスポーツドリンクを一気飲みする。



「さ、さーて、三冊目読んじゃいましょうか!」

「え、読むの?もういいんじゃないのか?」



 暑さとは全く関係ない要因でかなり汗だくだったし顔も熱い。

 


「だめですよ、ここまで来たら後には引けません」

「……そうだな」



 長い付き合いだからわかる。

 月島には少々頑固なところがあった。

 特に、自分の創作に関する部分では。

 いま彼女は、ただの女子高生ではない。

 何を自分が求められているのかを分析して、自分の創作や配信に生かそうとするエンターテイナーである。

 ならば付き合おう。

 月島絵里の、そしてむらむら先生のパートナーとして。



 俺は最後の、三冊目を袋から取り出し、表紙を見る。



「なあ」

「どうしましたか?」

「これ何?」



 表紙には「助手君緊縛性活」と書かれていた。

 






 

 

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