第81話「えっちなのはいけないと思います」

 むらむら先生の同人誌を買い集めて二、三時間が経過しただろうか。

 俺達はどうにかあるだけ見つけて買い込むことが出来ていた。

 むらむら先生は腕が疲れたらしく、俺が荷物持ちを務めている。



「さてと、買えましたね」

「あ、うん」



 やはりむらむら先生がデビューしてからまだ間もないからだろうか。

 俺と月島が見つけられた18禁同人誌は三冊のみだった。

 のみ、といってしまうと描いてくださった方に失礼かもしれない。

 ただ、意外なことに全年齢に比べるとやや少なかった。

 同人誌と言えばエロのイメージだったので少々意外だった。



「まあそれはどちらかというと需要の問題もありますからね」

「需要?」

「どっちの方が売れるのかという話です」

「あー、なるほど」


 

 俺は月島の発言の意図を理解する。



「金の匂いに敏感な連中がまだ参入できてなかったから全年齢の割合が高いと?」

「そう考えられなくもない、程度です。結局愛をこめて描くか、愛もないのにお金のために描くかはその人次第ですから」



 まあ教師でも、生徒に関心を持たなかったり、逆に傷つけることを当然だと考えるとんでもない奴もいたりするからなあ。

 特に後者は根が深い。

 自分がされてきたことだから他人にしてもいいだろう、とかなり安易にとんでもないことをやる。



「とりあえず、読んで見るか。愛があるかは読めばわかるだろうし」

「そうですね、楽しみです」



 月島はキラキラした目で、俺の抱えている鞄から一冊のエロ本を取り出し、掲げた。

 道の真ん中でそういうことするのはどうかと思う。



 ◇



 月煮むらむら先生のブースには、人がいない。

 作品は完売し、誰もそこを訪れる理由がなくなったからだ。

 あとにはただ、椅子と机と段ボールによって区切られたスペースがあるだけで。

 その段ボールによって作られた、外からの侵入を拒む結界の中に俺と月島はいた。

 本日の戦果である、同人誌を広げて。



「じゃあ、読んでいくぞ」

「はい」



 腕が動かない月島に代わり、俺がページをめくり始める。

 月島が読み飛ばすことがないように、なるべくゆっくりと。



「ふむ、これは中々」

「おおう」



 一冊目は、18禁同人誌の中では普通の本だったと言える。

 エロ本に普通も何もあるのかと言われてしまいそうだが、そう言いたくなるくらいスタンダードかつノーマルな本だった。

 内容をざっくり説明すると、助手君とむらむら先生のエロ本だった。

 前半は、助手君とむらむら先生の健全なデート。

 映画を観に行って、カフェで感想を話して。

 カラオケに行って、夕食を食べて。

 そして、日もくれたところでホテルに行く。

 後半は、がっつり性行為がはじまるものの、精神的にきつい描写はほとんどなく二人が愛し合って結ばれるという流れだった。

 なんというか、エロ本というよりは、性描写のある恋愛漫画って感じだったな。

 一周回って物語として読んでしまった。

 正直恥ずかしいとかを感じる暇もなく夢中になって読んでしまっていたのだが、月島の反応はいかに。

 と思って、隣を見ると。



「う、う、ううううううう」



 号泣していた。

 よもや刺激が強すぎたのだろうか。

 エロ本の中では割と普通というか辛くなるようなものではなかったと思うが、どう感じるかは人それぞれだからな。

 むらむら先生自身が性的対象にされることへの嫌悪感だってあるかもしれないし。



「私、感動しました」

「はい?」



 なぜ、と言いかけてやめる。

 一つの可能性に思い当たったからだ。

 まさかとは思うが感情移入したのか?

 いや別に感情移入すること自体はなにもおかしくない。

 月煮むらむら先生は彼女自身なのだから。

 とはいえ、である。

 まさか泣くほど、とは。



「先生は、どう思いました?」

「なんていうか、普通にラブストーリーとして面白かったよな。もちろんそういうシーンもあったけど」

「え、あ、あう」



 指摘されると我に返ったのか、はたまた気づいたのか。

 月島は顔を真っ赤にして目をそらした。

 同人誌を読んでいる時は何とも思わなかったのだが。

 目の前で顔を真っ赤にしている月島を見ていると。

 なにかこう、来るものがある、というか。

 気恥ずかしさと罪悪感によって、俺も目をそらしてしまう。

 何の罰ゲームだこれは。



「ごふっ」



 視界を逸らした先には、最後のページがあり、俺は慌ててそちらからも目を逸らす。

 すると、再び視線を戻したらしい月島と、目が合った。



「あ、あの……」


 

 営業を終えたブースで二人きり。

 二人で一冊の本を読むために、距離は肩が触れるか触れないというほど近く。

 心拍数が跳ね上がっていくのが自分でも分かった。

 


「月、島」



 彼女の体温がじわじわと伝わってくる。

 火照った頬やうるんだ瞳、薄い唇が自然と目に入って来る。

 


「に、二冊目に行きますか」

「は、はい!」



 俺は二冊目を取り出した。

 そこにある地獄を、開くまで気づかずに。

 

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