第79話「距離を縮める、触れ合うほどに」

「結局戻ってきちゃいましたね」

「これならさっき買いに行くべきだったかもなあ」



 俺達はVtuberのコーナーに来ていた。

 企業勢、個人勢、数多のVtuberがいる。

 中にはむらむら先生のように自身の同人誌やグッズを出す人も珍しくない。



「デビューしてからそんなにたってないのに、結構同人誌とかあるんですね」

「あー、それはちょっと事情がありまして」

「というと?」

「私、Vtuberデビューしようとして、自分でデザインを描いたじゃないですか。で、それをデビューより先にSNSにアップしてたんですよね」

「よくアップできたな」



 月島は極度の機械音痴だ。

 それこそイラスト関連は俺が教えたのである程度こなせるはずだが、SNSの管理とかは現在俺が担当している。

 


「元々SNSの管理自体はお母さんにも手伝ってもらってたので……何とか。イラストに関することでしたし」

「そっかあ」



 ともあれ、むらむら先生の同人誌を一つ一つ購入していく。

 同じジャンルのものは近いところに配置されているというのはいいシステムだな。

 最初から色々買おうとしていた人間にとっては楽だし、そうでない人も目当ての本と似た作品がすぐ近くにあれば購買意欲を刺激されるだろう。

 よく考えられている。

 そんなことを考えながら、俺達はむらむら先生の同人誌を購入していった。



「いやあ、買いましたねえ」

「ああそうだな」



 といっても買ったのは多くが全年齢向けの同人誌だ。

 全年齢向け、と言っても内容は多岐にわたる。

 コメディ色が強かったり、あるいはシリアスなものだったり、恋愛ドラマだったり。

 ちなみに個人的には助手君がむらむら先生に機材の扱いを教えようと四苦八苦するというギャグ一色の作品が一番気に入った。



「さて、そろそろブースに戻るか」

「日高先生、何かを忘れてませんか?」


 月島がにっこりとほほ笑みかけてくるが、目が笑っていない。



「いやほら、全年齢は全部買ったし、ここまでにしておかないか?」

「ダメです!18禁まで含めての市場調査です」

「俺たちが18禁のグッズを出すわけじゃないだろう?」

「それはそうなんですけど、潜在的にどういう需要があるのかっていうことを知るのも大事なんです」

「うーむ」

「先生は、やっぱり嫌いですか?そういういやらしいもの」

「別に嫌いとかではないんだけどな」



 俺とて男である。

 裏山に置かれたエロ本に狂喜乱舞し、大学ではビデオショップの暖簾を幾度となくくぐってきた。

 そういうものが嫌いな男性は、少なくとも俺は見たことがない。

 というかやっぱりってなんだ。

 月島には俺が聖人君子か何かに見えているのだろうか。



「嫌いじゃないし、どっちかといえば好きだと思う」

「じゃあ、私だとその、好みじゃないとか?」

「そういうことでもないよ」



 元々ロングヘアーで大人びた女性が好きだったし、今もそれは変化していないのだが。



「普通に、お前の見てるところでそういう汚い部分を見せたくないんだよ」



 一番大切な存在だから。

 月島の前では、いつだって一番いい状態の俺を見て欲しい。

 要するに、格好つけたいのだ。



「でも先生、あんまり格好良くないところも見せてるような気がしますけど」

「それはできれば忘れて欲しいんだが……」



 彼女と再会した日に、辛いことに耐えきれなくなって。

 自分を支えてくれようとする月島の存在に安心して。

 泣きつかれて眠るまで号泣した日のことは、きっと一生忘れられない。

 多分月島もそうなんだけど。



「私は、それも一緒に背負いたいです。怖いけど、それを知りたいし、私の嫌なところも知って欲しいなって、出来たら受け入れて欲しいなって思ってます」

「…………」




 なるほどそうか。



 いつか、と思ってはいた。

 仕事だからとか、一緒にいるからとか、教え子だからとか。

 俺と月島の関係は、そういう役割だけの間柄ではなくなりつつあった。

 けれど、それをもっと先に進めるには抵抗があって。

 今進めるわけにはいかないと思っていた。



 彼女が俺に向けている敬意と感謝を利用することになりそうで。

 俺が彼女に抱いている想いが、彼女が俺に抱いている想いと同じではないとわかっているから。

 敬愛、感謝、思慕、憧れ、そういう様々な感情が混ざり合っていて俺にはそれがわからなかったから。

 だから俺は時間をおいて見極めればいいと考えていた。



「月島は、歩み寄ってくれてるんだな、ありがとう」



 月島は、逆だ。

 自分と俺の互いへの感情が違うとわかっていて、わかり切っているから、それをすり合わせようとしている。

 それはきっと、俺のように臆病になって距離を空けようとするより、正しい選択だろ思うから。

 


「わかったよ、買いに行こう」

「はい!」



 もっと深くお互いを知ろう、詳らかに教えよう。

 どちらも互いの先生で、パートナーなんだから。



「ちなみに先生は男性攻めと男性受けのどっちが好きですか?私は男性受け派なんですけど」

「待って」

 


 初手から心が折れそうなんですけど。

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