第78話「コミケを回ろう」
俺は結構アニメとか漫画とか、サブカルチャー文化は好きだ。
しかしその一方で、俺はコミケに客として参加したことはなかった。
理由は単純に、面倒だったからである。
娯楽が飽和しているこの現代社会において、わざわざ商品を買いに外に行くというのがぴんと来なかったのである。
本が欲しければ電子書籍がある。
グッズを求めるのであれば、通信販売に頼ればいい。
と、いうものの考え方をしてしまうのだ。
「それはちょっと浅いと言わざるを得ませんね、日高先生」
「そうなの?」
野球帽をかぶった月島は、ドヤ顔であたりを見回す。
「見てください、この熱気を!」
「この熱気がどうしたんだ?」
「暑いです!あとぶっちゃけ鼻が曲がりそうです!」
「言い方あ!」
確かに臭いがきついとは聞いてるし、思ってたけど!
「でも、楽しそうでしょ?」
「……そうだな」
俺は、改めて思い返す。
今日、たくさんの人たちに同人誌を頒布した。
男性が多かったが、女性もそれなりにいて。
年齢層だって様々だ。
全年齢対象の作品だったから、未成年だって買いに来る。
外国の人さえも買いに来る。
何もかも違う人たちが、みんな一様に目を輝かせて、作品を買いに来る。
読んだ傍から笑顔になれる。
それだけの魅力が、彼女の描く作品にはあるのだ。
今、俺が見ている光景は必ずしもむらむら先生のファンだけが作り出したものではない。
目当ての本が欲しくて買いに来た人。
自分の好きなキャラの二次創作を手当たり次第に買う人。
何か自分の好みに合ったものはないだろうかと探す者。
「すごいな……」
「でしょう?」
数多の人が、自分の「好きなもの」のために集まる。
これを凄いと言わずして、なんというのだろうか。
「先生、昔来たときはずっと売り子ばっかりやってて、全然楽しめてるように見えなかったから」
「別にあれはあれで楽しかったぞ」
「ありがとうございます。でも、こういう楽しみもあるって知って欲しかったんです」
教師なんて仕事をしているが。
びっくりするくらい生徒から学ばせられることは沢山あって。
「ところで月島」
「なんでしょう?」
「これあとどれくらい待機していればいいんだ?」
「えーと、あと一時間くらいですかねえ」
「まじかあ」
月島の目当ての新刊の列の中で、俺達は汗をぬぐいながら人ごみの中で順番が来るのを待っていた。
ああ、これはすごい。
すごい、疲れる。
◇
「ようやく買えました!」
「よかったな」
暑いし列は長いし、苦労の連続だったが、なんとか月島目当ての同人誌を買うことが出来た。
「ああ、これ『魚娘アクアパッツァ』の同人誌なのか」
「そうなんですよ、この人のマダイ本はどうしても買っておきたくって」
ちなみに『魚娘アクアパッツァ』は権利者側がR18の二次創作を禁止してるので、コミケにあるものはすべて全年齢であり、月島でも買える。
……一応年齢をごまかして18禁を買う未成年もいるらしいけどな。
さすがに俺の目が黒いうちは月島にそんなことはさせられない。
こいつが18禁に興味を持っているのかはわからないけども。
「どんなのがあるんだろうな」
「何か興味のある作品とかコンテンツってあります?」
「やっぱりむらむら先生の同人誌は買っておきたいなって」
普通に俺も一人のファンだったりするからね。
SNS上でも、ファンアートのチェックは怠らない。
なので、実益を兼ねる意味でもむらむら先生の同人誌は見ておきたいなと思い提案したわけだが。
「…………」
「どうかしたのか?」
月島が両腕で自分の体を抱きしめてもじもじし始めた。
何だろうか。
「先生のえっち」
「待って違う」
確かに言い方がよくなかったかもしれないけど。
でも、同人誌ってそもそも18禁とは限らないし。
そうか、むらむら先生が描いてたのが全年齢対象の作品だったからあんまり考えてなかったけどそういうのもあるのか。
「ま、まああれですもんね。先生も男の子ですもんね、そういうのに興味を持つのは仕方がないですよね」
「だから違うって!全年齢の方を想定してたんだって!」
SNS上では本当に健全な奴しか出てこなかったから頭から抜けてたんだよ、ということを説明すると。
「あー、そういうものらしいですね」
「というと?」
「えっちな二次創作を書いてる人は、SNSで公式をブロックすることが多いらしいんですよ」
「何で?」
「私はSNSに疎いのでまた聞きになってしまうんですけど、やっぱり公式の中には嫌な気持ちになってしまう人もいるからってことみたいです」
「あー」
まあ、自分が性の対象になっていたりして気分がよくない人だっているだろうからな。
中にはえげつない凌辱をされる同人誌とかもあるらしいし。
「先生、提案なんですが」
「むらむら先生の作品、買いませんか?18禁も含めて」
「月島?」
「あくまで市場調査の為です。今どのような需要があるのかをチェックするために、です」
「それ、お前も読むのか」
「一緒に読みます」
「そ、それはちょっと」
いろんな意味でまずい気がする。
え、本当に買うの?
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