第76話「販売スタート」

「月煮むらむらです!よろしくお願いします!」

「売り子を務めております、助手君と申します」



 コミケには、サークルという単位で参加する。

 これは一人でもいいし、複数人でもいい。

 サークルにはサークル名という、いわばグループ名が存在するのだが、むらむら先生のサークルは月煮むらむらのままである。



 さて、俺達が何をしているのかと言われれば挨拶回りである。

 コミケでは、隣り合ったブースに対して挨拶と作品の差し入れを行うというマナーがあるらしい。

 隣り合うサークルも、むらむら先生に負けず劣らずの有名なイラストレーターであるらしい。



「いやいやー、わざわざ差し入れ有難うございまス、むらむら先生、助手君さんもナ」



 がるる・るる先生。

 イラストレーターでありながら、Vtuberも兼業しているというむらむら先生と同じタイプのクリエイターだ。

 いわば、彼女は月島にとっての先輩でもある。



「それにしてもこの人が助手君かあ、いいねえ、カップルってのハ」

「あ、いえ私たちはその」

「まあまあみなまで言いなさんな、私だってわかってるんだからサ」



 少し独特のアクセントがある。

 ひょっとすると日本人ではないのかもしれない。



「ちょいと羨ましい気もするナ」

「羨ましいですか?」

「がるる家っていう家族的な枠組みはあるんだけど、こういうコンビっていう関係性はないんだよナ」



 がるる先生は多数のVtuberのママを務めており、がるる家という枠組みがある。

 四人の娘とコラボで和気あいあいとゲームなどを遊ぶさまは、「本当の家族みたい」と言われ人気がある。

 俺たちにも一応月煮家という枠組みはあるが、どちらかと言えば助手君とむらむら先生が夫婦であり、むしろ俺たち二人にわんださんが加わる形になっている。

 要するに、似ているようで売りにしている部分がまるで違うのだ。



「むらむら先生もデビューしてくれたわけだし、機会があったらコラボとかしてくださいネ」

「いいんですか!嬉しいです!」

「よろしくお願いします」



 そんな感じで挨拶は和やかに終わり、俺達はブースに戻った。



 ◇



 コミケが開始されるまではまだ時間がある。

 ブースで待機し、開始を待つ。

 といっても、むらむら先生は前には出ない。

 うずたかく積まれた同人誌の山に隠れて、ファンに見つかるのを防いでいる。

 それだと同人誌が売り切れたらむらむら先生が見つかってしまうのではないかと懸念する人もいるかもしれないが、問題ない。

 同人誌がすべてなくなっても、それを入れていた段ボール箱は不滅。

 つまり、段ボール箱を高く積み上げて、むらむら先生を隠せばいいだけのことである。



「助手君さん、手際よかったですね」

「まあ、昔もやったことあるので」



 あの時とは冊数が別次元だけどな。

 初めてコミケに参加した時はまだ無名だったから、刷った本も最小限だった。

 少なすぎてあっという間に完売してしまい、「これなら倍くらい印刷すればよかった」と後悔したのもいい思い出である。



「むらむら先生と久しぶりに、こうして一緒にコミケに参加できるのは、本当に嬉しいんです」



 だってかけがえのない思い出で。

 大切な生徒が、大事な人が、育っていった原点だから。



「それ、本人に直接言ってあげたほうがいいんじゃないです?」

「いえ、本人には何回も言ってるので……」

「ほっほっー!」

「てぇてぇ、てぇてぇよ」

「そろそろ始まるんで静かにしてもらってもいいですか?」



 コスプレイヤー三人衆は、どういうわけかテンションが高い。

 普通この暑さで、朝早くだったらテンションなんて上がらないと思うんだけど。

 まさかとは思うけど、俺とむらむら先生のてぇてぇで活性化しているわけでもあるまいし。

 いや、もしかして本当にそうなのか?



「恐ろしすぎるだろカプ厨……」



 そんなことを考えていると。



「コミックマーケット、開場です!」



 開催のアナウンスが響く。

 人がなだれ込む。

 すなわち。

 激戦の始まりである。



 ◇



「すごい行列だな……」



 あれよあれよというまに、形成されていく行列を見て、ふと気づく。



「あれ、これって全員カプ厨だったりする?」



 げに恐ろしきカプ厨。

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