第75話「コスプレイヤーさんと販売開始」

 コミケのブースにたどり着いた俺たちのやることは、まず来てくれたスタッフさんや関係者に挨拶をすることだった。

 


「月煮むらむらです、今日はお越しくださってありがとうございます」

「助手です。今日はよろしくお願いします」



 まず、売り子を務めるコスプレイヤーさんにもそろって挨拶をする。



「丁寧にごあいさつ有難うございます。私は、ト音るなと申します」



 最初に返事をしてくれたのは、背の低い二十代中ごろと思われる女性。

 落ち着いた雰囲気をまとい、ブレザーを着込んだ金髪の女性。

 むらむら先生のコスプレを担当しているらしい。

 その穏やかな雰囲気が、むらむら先生には合っていると感じた。



「わ、私は秋田しばって言います。今日は、犬上わんださんのコスプレをやらせていただきます!」



 犬耳とセーラー服を身に着けた小柄な、二十代前半と思しき女性。

 わんださんのコスプレをしてくれているが、その可愛らしさは本人にも劣っていないだろう。

 

 


「私、ジョンリーって言います」



ジャージを着て、男装した長身の女性。

 彼女は俺、というか「助手君」のコスプレをしてくれている。 

 「助手君」の立ち絵は常に見ているのだが、コスプレを見るとなんだか気恥ずかしさがある。

 もちろんうれしいんだけどね。



「今日はよろしくお願いしますね!」

「いやあ、あなたがあの助手君だったとは!」

「あの……?」



 どういう風に俺のことが伝わっているのか非常に気になる。



「むらむら先生を初期から支えていた成功の立役者であり、今はVtuberとして公私ともにむらむら先生を支えるパートナー!」

「配信観てます!いつもてぇてぇお二人を見て、元気をもらってます!」

「はあ、その、ありがとうございます」




 目を輝かせているコスプレイヤーさん達。

 初対面の相手にここまで語られると、なんだか喜びより戸惑いの方が勝つな。



「別に、大したことはしてませんよ。俺はただ当然のことをしてるだけなんで」


 

 俺がやっていることは二年前から何も変わっていない。

 その時その時で、やるべきことをやっているだけ。

 昔は、仕事だから苦しんでいる生徒が前に進むことを手伝った。

 今は、どうだろう。

 今していることに迷いはない。

 けれど、こうして月島を手伝っているのはただ仕事だから、なのだろうか。

 多分、もう違う気がする。

 だって、彼女は俺にとって――。



「なるほど、夫婦は助け合って当然ですもんね!」

「いいことを聞きました!」

「あ、いや、違うんですけど」


 

 断じて夫婦ではありません。

 


「落ち着きなさい、二人とも。助手君さんが戸惑っているでしょう」

「はーい」



 ト音さんが、ため息をついて二人の肩に手を置き、制する。

 どうやら三人の中だと、ト音さんが一番しっかりしているらしい。

 他の二人がわんださんに勝るとも劣らないくらい中々キャラが濃いので、こういうまとも枠が一人いると安心するな。

 そう思って、ト音さんに礼を言おうとすると。



「どうぞ……」

「これは?」



 すっと、封筒を差し出された。

 心なしか封筒が分厚いような気がするんだけど。

 ひょっとしてファンレターだろうか。

 個人で活動しているため、俺はファンレターを受け付けていない。

 むらむら先生は担当したラノベの出版社を介して受け取ることがあるらしいけど、Vtuberとしてはやはり受け付けていないらしい。

 まあ悪意のあるメッセージや危険物が入ってないかをチェックしないと行けなかったりするので、個人でファンレターを管理するのは難しいのだ。

 コミケでは貰えるかもしれないなと、事前に俺とむらむら先生の二人で話していたりしたんだけど、まさかここでもらえるとはね。



「ありがとうございま、す?」




 封筒の中身は、俺が予想していたような手紙ではなく。

 お札がぎっしりと入っていた。



「あの、これ、おつりか何かですか?」

「いえ、これはただのリアルスパチャです」

「リアルスパチャ?」

「はい、U-TUBEのみならずお二人の素晴らしい関係性に対して対価と感謝をささげたいという思いの証です」

「…………」



 あ、なるほどね。

 ト音さんも、物腰が穏やかなだけで、ちゃんとあっち側の人間だったわ。



「では、今日はよろしくお願いします」



 俺は封筒の重みを手に感じながら、ふと気づいた。

 あれ、今日の販売、あのキャラ濃厚三人組と一緒にやるのか?



「なかなかハードだな……」



 じんわりと染み出てくる額の汗をぬぐいながら、俺はため息をついた。



「そういえば、日高先生、思ったより普通でしたね」

「まあ、そりゃあの三人よりは普通だと思うよ」



 初対面の相手に距離が近かったり、お金を渡して来たり。

 コスプレイヤーという仕事は、そういうユニークな人間でなくては務まらないのかもしれない。

 


「いや、そうじゃなくてさ」

「?」

「もっと、デレデレするのかと思ってたから」

「いや、しないでしょ」

「結構、会うの楽しみにしているように見えましたけど」

「楽しみっていうか、タレントみたいなものだから、どういう人たちなのか興味があったってだけだよ」

「てっきり出会いを求めているものだとばかり」

「そんなわけないでしょ……」



 正直そこまで出会いに飢えているわけでもない。

 そもそも、恋愛に対するモチベーションは、今のところない。

 しいていうならば。



「…………」

「どうかしたんですか?私の顔をじっと見て」

「いや、別に」



 言えるわけがない。

 月島ならいいなと思った、なんて。

 きっと、この暑い夏のせいに決まっているんだから。



「俺にとって、一番大事なのは月島だから。お前を裏切るようなことはしない」

「え……」



 まずい、言い方が悪かった。

 別に嘘ではないし、本心そのものなのだが、言うべきタイミングはどう考えてもいまではなかったというか。

 月島も真っ赤になって固まってしまっているし。

 どうしよう、この空気、どうしたらいいんだろう。



「いやあの、ほら、俺がコスプレイヤーさんとトラブルを引き起こしてお前に迷惑をかけるような真似はしないって意味で」

「助手君」


 

 月島は、あえて、俺をVtuberとしての名前で呼んだ。



「言質、取りましたからね」

 



 汗拭き用のタオルで口元を隠しながら、俺の方を見る月島。

 そんな彼女を、俺はまた綺麗だなと思ってしまって。


 

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