第73話「元婚約者の独断」
「妊娠したの」
そう両親に告げた時、私は内心で期待していた。
両親はとても仲がいい。
べったりというわけではないが、お互いを大事に思いあっていることは娘の私にも伝わってきた。
そんな両親だったから、私にも結婚はいいものだと言っていたし、子供もいいものだと言っていた。
手助とともに挨拶に行ったときも喜んでくれたし、二人は露骨に孫を期待していたと思う。
というか、私達も前で実際に口に出していた。
別に悪いことではないし、それを嫌だと思ったことはない。
ただ。
「相手は、誰なんだ?」
こんな、表情のない顔をされるとは、私は全く思っていなかった。
「そ、それは」
両親が何を気にしているのかはわかり切っていた。
二人は手助のことを気に入っている。
特に父は「君みたいな誠実な人が義理の息子になってくれてよかった」とよく口にしていた。
だから、子供の父親が手助であった場合、もしかしたら両親は喜んでくれたのかもしれない。
「ねえ、誰なの?やっぱり浮気相手の子なの?」
母がぐらぐらと私の体をゆする。
振動で気持ちが悪い。
吐きそうだった。
私は知っている。
間違いなく、この子は『彼』の子だ。
時期的に、それ以外の説明がつかない。
そして、『彼』の子供だと知れば、両親はきっと激昂するだろう。
最悪堕胎を促されるかもしれない。
「それは、その」
「どうなんだ?」
「どうなの?」
嘘をついてしまおうかと考える。
手助の子供であると。
しかし、それはできないと直感する。
手助は私の両親とつながっており、私が浮気をしていたことなどを含めて様々な情報を二人に告げ口していた。
もしその情報の中に、レスのことがあったら?
間違いなくバレる。
というかこういう問い詰め方をしてくるあたり、既に両親は子供の父親が『彼』であると確信している可能性すらある。
「……さい」
「え?」
「なに?」
嘘はつけない。
本当のことを言えば怒られる。
何よりも、さっきから体調が悪くて、吐きそうだ。
「うるさいって言ってるの!初孫でしょ!なんでそんな風にいわれないといけないのよ!」
「なっ……」
父が、驚いた表情を浮かべて硬直する。」
「別にいいじゃん!相手がどっちだってさ!お父さんとお母さんの子供に変わりはないし、子供に罪はないでしょ!」
「お前、お前という奴は本当に……」
「あなた、どうしたらいいの?」
父が頭を抱えている。
母も顔面を蒼白にしていた。
少しは気が晴れたわ。
「ちょっと出かけてくる」
「待て、出かけるってどこにだ?仕事はもうないんだろう?」
「『彼』のところに戻るの。そして、お腹の中の子供の父親になってもらう」
それしかない。
子供を使って、私は『彼』と結ばれる。
子供さえできれば、『彼』も私を選んでくれるはず。
『彼』は他にも女がいるようだったけど、あれはきっと気の迷いのはず。
つまり、他の女との関係を清算してくれるはずなのだ。
以前「子供欲しいような気がするな、うん、多分」とか言ってくれたし、私と結婚してくれるはず!
「待て」
「え?」
そんなことを考えて、外に出ようとした時、目の前に父が立ちふさがる。
「そんな権利はお前にない」
「はあ?」
意味がわからない。
「お前が不義を働いてできた子供だ。責任をもってお前と私達だけで育てるべきだ。お前には責任感というものがないのか?」
この人が何を言っているのか微塵も理解できない。
ただ、怖い顔をして、詰め寄ってくることだけがわかる。
いつの間にか、母も父の隣に立っていた。
「ねえ、お母さんの話をよく聞いて?相手の人は人の婚約者に手を出すような人間なのよ?ちゃんと責任を取ってくれるような人ばかりじゃないのよ?世の中はお父さんや手助さんのような人ばっかりじゃないの。貴方が責任を負える人間になれなかったようにね」
ああ、わかった。
お父さんも、お母さんも。
もう私の味方ではいてくれないのね。
「もう行くわ」
「待ちなさい!」
私は夏の街に繰り出した。
たった一つの幸せを求めて。
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