第72話「コミケに関する発表」

「さて、そろそろ配信も終わりということで、告知をしようか、むらむら先生」

「それがいいですね」



 俺はパソコンを操作し、画面を表示する。

 そこには、むらむら先生によって作られた一枚の画像が映し出されている。

 コミケに関する、告知画像が。



「改めまして、私こと月煮むらむらはコミケに参加いたします。場所はこの地図の通りですね」

「販売は俺こと助手君に加え、売り子が何名かで対応します」

「内容は私とわんだちゃんの同人誌、あとは私と助手君の同人誌ですね。もちろん全年齢ですよ?」



【ほんとに全年齢なんですか?】

【まあさすがに本当のことを明かすわけにもいかないからな】

【裏では……いや何も言うまい】




 コメント欄で色々言われているが無視。

 あんまりにも露骨なコメントは月島の精神衛生上よくないので申し訳ないからブロックさせてもらう。

 閑話休題。

 


「売り子に関しては、去年もご一緒させていただいたコスプレイヤーさんにお願いしてますよ」

「助手君、ちょっと楽しみにしてませんか?」

「まあ、実際楽しみではある」

「は?」



 げしっと足で椅子を蹴られた。

 



【あっ】

【おいおいやったな助手君】

【これは死んだわ】

【浮気では?】



「いや別に浮気ではないというか、そもそも付き合ってないんだよ」

「付き合ってなくても浮気は成立すると思いませんか?」

「全然思わないけど!?」



 目を白黒させながらむらむら先生からの蹴りに耐える。

 あんまりやられると操作が狂うし、万が一月島の足に何かあってもよくないからどこかで止めないとな。

 そう思いながら、俺は言葉を選ぶ。




「いや別にコスプレイヤーに会うのが楽しみっていうか……どっちかっていうとむらむら先生のコスプレを見るのが楽しみなんだよ」

「へ、へえ、私のこの見た目が好きってこと?」

「まあ好きだな」

「ふえっ」



 月島の蹴りがやむ。

 きっと全身が硬直してしまったんだろうなと推測ができる。

 そうやって照れてしまうところも非常に可愛いと思う。

 もちろん嘘じゃない。

 好きなキャラクターのコスプレをしている人がいたら当然興味を持つわけで。

 まあ全員がむらむら先生のコスプレというわけでもないかもしれないが。

 むらむら先生のコスプレに限らず、同人誌も時間があれば買いたいんだよな。



「そ、そうなんだ、なるほどね、そっかあ」

「ああ、まあね」



 どうにも気恥ずかしい。

 さっきとはまた違った理由で、彼女の方を向きづらい。

 


【はよ結婚しろそして浮気を詫びろ】

【みんな浮気には厳しくて草】

  


「ところで」

「どうかしたのか?」

「さっき、どっちかっていうとっていったってことは、やっぱり美人なコスプレイヤーさんに会うのも楽しみにしてるんじゃないんですか?」

「…………」

「助手君?」

「……黙秘します」



 返答は、椅子の足に対する蹴りであった。

 いやだって。

 コスプレイヤーってタレントみたいなところあるからつい……。

 まあでも、確かにカップルのような扱いを受けている以上、誤解を招くような発言は慎むべきかもしれない。

 何より、月島を怒らせたままでいいはずもないし。



「ええと、なんというか言い方がよくなかった。ごめん」

「……まあいいですけど、何か埋め合わせをしてもらってもいいですか?」

「埋め合わせ?」

「私の買い物に付き合ってください」

「それは全然いいけど」



 何を買うつもりなのか知らないが、その程度のことなら断る理由もない。

 アッシーでも荷物持ちでも引き受けようじゃないか。



「よかったです。ついでにご飯も食べちゃいます!」

「お、いいね。普通に楽しそうじゃん」



 そんな感じで、月島の機嫌も直り、配信の雰囲気も最終的にはいい感じで終わった。

 ちなみにコメント欄は【デートやんけ!】、と大いに盛り上がった。

 だから買い物をするだけでデートでは……いやよく考えると普通にデートかもしれない。

 まあ、別にいいか。 



 ◇



 配信が終わり、俺と月島は椅子に座ったまま、まったりとコミケに関する話をしていた。

 手元には俺が作った麦茶とフルーツサンドが置かれている。

 こうやって夜食を作るのも、このひと月で日常と化していた。

 漫画を描くのは頭脳労働であると同時に肉体労働でもあるので、エネルギーは必要なんだよね。

 

 


「それにしても、何人売り子さんって来るんだっけ?」

「コスプレイヤーさんなら三人ですよ。あと他にもスタッフさんがいますけど」


 

 フルーツサンドを食べながら、他愛もない話をする。

 クリームとブドウと食パン、意外と合うもんだな。

 それにしても、三人もか。



「ほえー、三人もむらむら先生のコスプレが見れるのか、それは壮観だな」

「え?」

「え?」

「ああ、日高先生にはまだ言ってませんでしたっけ」

「何を?」

「今回は、三人のコスプレイヤーさんに三者三様のコスプレをしてもらうんですよ。私と、わんだちゃんと、助手君の」

「え?」




 言われてみれば、と思う。

 助手君という存在はVtuberとして、もちろんむらむら先生のおまけではあるがかなり認知されている。

 チャンネル登録者数五十万を超えているチャンネルで活動しているのだから、無理もないか。

 SNSを見れば、(もちろんむらむら先生のセットであるものがほぼすべてだが)ファンアートもかなり多い。

 それはコスプレをする人だっているかもしれない。

 ましてそれが仕事であるのなら、なおさらだ。

 わかってはいるわかってはいるが。



「俺達、自分のコスプレをしてくる人と会うの?」

「そうなりますね。私も挨拶はさせていただきますから」

「そうか……」




 俺は思わず遠い目をして、天を仰ぐ。

 なんだろう、月島に対して感じているのとは全く別の意味で気恥ずかしい。

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