第71話「コミケとは」
「と、ともかく、改めて仕切り直しと行こうか」
「何の話をしてましたっけ?」
「合宿中、むらむら先生といろいろ遊んだって話だな」
「遊んだと言えば、花火もやりましたよね」
「ああ、そうそう、それもあったな」
あんまり水着云々の話をしているとまた墓穴を掘ってしまいそうだったので、ここは話題の転換を図ることにした。
花火から不健全な方向へ話題が及ぶことはあるまいと判断したのである。
「といっても語ることはあんまりないですけどね」
「線香花火でこうやって遊んでただけだからな」
こうやって、と言いつつ俺は花火の写真を画面上に映し出す。
水着の写真などは流石に配信上に写せないが、手元しか映っていない線香花火の写真だけならばみんなにも共有できる。
わざわざむらむら先生の配信に来てくれている人に対して、少しでも感動や喜びを共有したかったという話である。
「ロリリズムさんはロケット花火とかで遊んでたけどなあ」
「さすがにあんな凄いものを扱う体力は残ってなかったです」
「同感。まったり線香花火を眺めるくらいでちょうどよかったよな」
【それもまた良き】
【青春じゃん】
「でも、ロケット花火もいつかやってみたいですね。体力と気力きっとがあるときに」
「また来年、一緒にやろうよ。今度のコミケは、もっとスケジュールに余裕をもってな」
「……善処します。でも、来年こそ花火はしたいですね」
月島は気まずそうな顔をしてそっぽを向いた。
そこで絶対にできると言わないのは、補習にかからない自信がないからだろう。
多分直前にしっかり勉強しておけば何とかなると思うんだけど……そうでもないのかな?
勉強のことはやっぱりよくわからない。
【しれっと来年の話をしてるじゃん】
【ずっと一緒ってこと?】
【これは熟年夫婦の距離感】
「いやそういうわけじゃないけど、ただ離れることが想像できないってのはあるかもしれないな」
「……助手君、そういうところですよ」
「あれ?」
ぽすり、と拳が俺の肩に当たる。
横を見ると、月島はなんだか恥ずかしそうな顔をしていた。
確かに、これは俺も恥ずかしい。
ほんの少し前まで、二度と関わることはないのだろうとすら思っていた相手とこれ以上ない程に深くかかわっている。
「とりあえず、助手君と回りたい場所はもう一個あるんですよ」
「それは?」
「コミケです」
「ああ」
むらむら先生は販売を売り子に任せている。
これは、顔を晒したくないという彼女の心情によるものだ。
しかし、責任者でもある彼女は、会場には存在している。
では、何をしているのか。
他の作家に対する挨拶回り?それもあるだろう。
ブースの設営?それは売り子の仕事だ。
彼女は、一客として売り場を回り、同人誌などを買いあさっている。
一人だと精神的に持たないため、母親についてきてもらっているのだとか。
「前手伝った時は、そんな余裕なかったもんな……」
「私もです」
あの時は、俺しか売り子がいなかったからな。
奥で作業していた月島と二人。
ひたすら売って売って売って。
部数が少なかったにもかかわらず、初めての接客でとにかく緊張してしまった。
そういう意味で、コミケに参加はしても楽しむことはできなかったように思える。
「助手君、知ってますか?いくつのサークルがコミケで出店しているか」
「いいや、知らない」
「知ってますか?どれだけの作品が売られているか、どれだけの数のコスプレイヤーさんがいるか」
「まったくわからない」
「一緒に見ましょう。そして、同じ景色を見て、感じたいんです。楽しそうじゃないですか?」
「もちろんだ」
【いいね】
【俺も初めてコミケに参加した時のこと思い出した】
【気持ちはよくわかる】
【二人にとっても楽しいコミケになるといいな、ちなみに俺も楽しみ】
新しい目標が一つ増えた。
それはきっと、よいことのはずだ。
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