第70話「海で何をしたのか、これからどこまでするのか」

【それで海でナニをしたのかしら。それが気になるわ、アナタ 犬牙見わんだ】

「わんださん、お久しぶりです。マジで何を言ってんの?」

「わんだちゃん、下ネタ大丈夫かな……」

【アイドルがやっていい発言じゃなくて草】

【まあ、直接的な発言はまだしてないから】

【してなくても問題なんだよなあ】

【いやいや、わんだちゃん!してるに決まってるでしょ!】



 何を言ってるんだこの人達は。



「まあ別に、神に誓ってやましいことはしてませんよ。ただ、ビーチバレーをしたり、水鉄砲で遊んだり、海沿いを歩きながら色々話しただけです」

【それって二人で?】

【二人だったよ。私の方がちょっと用事があってね ロリリズム】

【本人おるやんけ】

【マジで何でいるの?】



「ロリリズムさん、コメントどうもありがとう。NGしときますね」




【待ちたまえ、誰のおかげでこの世界に受肉できたと思っているんだ ロリリズム】

【あーあ、余計なこと言うから】

【やってることただのモラハラ人間で草】




「まあ、二人で遊んだのは事実だし、解釈は自由と言えば自由なんだが、違うからな?」

「まあみんなが思っているような雰囲気ではなかったよね。どちらかといえば真剣勝負としての盛り上がりでしたし」

【それはそれでてぇてぇ】

【青春じゃん】

【俺たちの青春は……何でもない】

【涙拭けよ】



「水鉄砲合戦も楽しかったですね」

「俺はめちゃくちゃ焦ったけどな」




 ロリリズムさんの用意した水鉄砲は、何故かどれもこれもやたらと水圧の高いものばかりだった。もしかしたら国内のものではないかもしれない。

 そんなものを女の子に向けられるはずもなく、いかにして外すかを考えなくてはならなかった。

 ちなみに、月島の撃った水鉄砲は普通に痛かった。



「まあ一番きつかったのは、息帰りの車の中なんだけどな」

「あはは……まあ、ロリリズムさんも私たちを少しでも早く運びたいと思った結果でしょうし」

「それはそうだけどさあ、流石にスピード出し過ぎてただろ?安全に行きたいし帰りたかったから俺が運転するって言ったんだが聞き入れては貰えなくてな」




【ロリリズム先生普通にヤバい人で笑う】

【運転してくれる人ってありがたいんだけど、運転そのものが好きな人がその役割を被ることも多いからスピード狂みたいなやつもいるんだよな】



「そうだな、なんというか、仲は深まったんじゃないか?」

「そうですね……正直私がアウトドアなので、ああいう遊びを助手君と一緒にすること自体、初めてなんだよね」

「ああ、確かに」




 思えば、月島と一緒に遊ぶということがそもそもない。

 色々なことを話すし、家事だって一緒にやってきたし、何よりともに仕事をこなすパートナーだ。

 だが、友人として遊んでいるのかと言われればそれは怪しい。

 一つには、そもそも月島が遊ぶという行動をとらない。

 彼女のライフサイクルはほぼすべてが絵を描くか、学生として生活するかのいずれかで埋まっている。

 要するに、遊んでいる時間がないのだ。

 そして俺の方も、そんな忙しそうにしている月島をわざわざ遊びに誘おうとは思わない。

 


「今はもちろんコミケの作業があるから無理だけどさ、もしもこのコミケが終わったら、二人でどこかに行きたいね」

「それはいいな、慰安旅行的な奴か」




 昔は職場でも慰安旅行というのがあったらしいと聞く。

 もちろん、俺達の親世代の話だけどな。

 


「え、りょ、こう?」

「ン……?あっ」



 まずい。

 完全な失言だった。

 ふだん一緒に暮らしているせいで、そのあたりの境界が完全にボケていた。

 今回の合宿は問題なかった。

 何しろ異性との一対一ではなく、複数人だったし、何より仕事だったから。

 しかし、完全プライベートの旅行となると話が変わってくる。

 それはもはや恋人同士のそれだ。

 なんなら、旅行となると肉体関係すら連想させてしまう。

 Vtuber――タレントとしては望ましくない。

 何より、月島絵里という人間がそれをどう思うかわからない。

 普通に考えたら引くだろう。



「あーいや、今のは言葉のあやであってだな、あくまで息抜きとして遊びに行きましょうくらいのニュアンスで」

「言質、取りました」

「は?」




 俺は恐る恐る月島の方を見る。

 彼女は照れるでも、怒るでも、怯えるでもなく。

 菩薩のような笑みを浮かべていた。



「いやむらむら先生今のは違うくて」

「助手君、それはつまり嘘ってことですか?」

「いや嘘とかじゃなくてさ、たとえ話というか」

「旅行に行こうと言って、私がいいと言ったのに、やっぱりなしというのは通らないのではありませんか?」

「…………一理ある」


 

 あ、これあれだ。

 絶対に逃がさないという覚悟を決めた、捕食者の笑みだ。

 これをやられると男は絶対に逃げられないのである。



「いやでもさすがにプライベートで旅行は」

「助手君、コメントを見てください」

「?」



 言われて、コメントに目を向けると。




【ありがとう、ありがとう】

【新婚旅行ってマジですか!】

【配信上で実質プロポーズをするとは、たまげたなあ】

【末永くお幸せに! ¥10000 犬牙見わんだ】

【式には呼んでくれよ ¥20000 ロリリズム】

【ご祝儀投げられるってマジですか ¥5000】




 めちゃくちゃ盛り上がっている。

 スーパーチャットだけでも、かなりの数だ。

 たった五分間の間だけで数十人は投げてるんじゃないか?



「とりあえず、今の内から旅行の予定も考えとくよ……」

「はい、じゃあそれもモチベーションにして頑張りますね?」



 にこりと微笑む彼女の顔を見ていたら、まあこれはこれでいいかと思えたのだった。

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