第69話「実家のような安心感」

 むらむら先生がスランプを脱したことで合宿が終わり。

 俺達は当然家へと帰ったわけだが。

 やることは変わらない。

 月島――むらむら先生はコミケに向けて原稿を進めつつ、時折作業配信を行う。

 俺は、機材や家事など様々な面からサポートする。



「はいどーも、お久しぶりです、月煮むらむらです」

「こんにちは、助手です。ちょっと期間が空いちゃいましたけど、来てくださって嬉しいです」

【来ちゃ!】

【今日も作業配信か】

【原稿進捗大丈夫そう?】



「原稿はですね、実はけっこういい感じなんですよ」

「そうだな、俺たちで缶詰をやった甲斐があったよ」

【缶詰って、よくラノベ作家ものとかで出てくるあれか】

【二人っきりでホテルに泊まった可能性が】

【えっっっっ!!!!!!!!】



 コメント欄が暴走するのもいつものことだ。

 昔は動揺していたが、今となっては特に慌てるほどのことでもないと思える。



「もう、そんなのじゃないですからね?二人じゃなくて他の人も一緒にいましたから」

「言えないこともあるけど、可能な範囲で色々と語っていくからどうぞよろしく」



 わんださんはアイドル的な人気もあるため、名前は出せない。

 パパ扱いされてるとはいえ、俺と関わることをよく思わないわんださんのファンもいる。

 ゆえに、俺と彼女がオフで会っているという情報は伏せたほうがいい。

 実際には、何度も顔を合わせているとしても。



「ロリリズム先生に車を出していただいてな、彼女のコネでコテージをお借りして合宿をしたわけさ」

「もちろん別室ですけどね……」

「むらむら先生、それだと別室であることに問題があるみたいなんで勘弁してください」

「私は別に同し」

「先生?今日疲れてるのかな?」

【助手君汗だらっだらっで草】

【むらむら先生、今日は積極的だな】

【合宿って、やることはここでやってるのと変わらないの?】




「あー、そうでもないんだよね。むしろ原稿作業はあんまりしてないかも」

「どっちかっていうとスランプ解消のための息抜きが主な目的だったもんな」

「うん、みんなのおかげで無事脱出できましたけどね。今は筆が進んでますよ、まだお見せできないんですけど」

【見たいなあ】

【コミケに行けば完成図が見れるぞ】



 ちらりと月島の手元を見れば、昨日と比べてかなり進んでいる。

 難航していたはずの助手君とむらむら先生の同人誌、合宿を経て何かしらの刺激を得られたようだな。

 


【具体的に、スランプ解消のために何をしたんですか?】

「ああ、色々ですよ。イニシャル〇の音楽聞きながら道路を爆走したり」

「海を見ながら出前のピザを食べたりもしましたね。あの味は格別でした」

「花火もやったよな。線香花火って火力があるわけじゃないのに、なんであんなに映えるんだろうな」



 そんなことを話しつつ、俺は月島にハンドサインを送る。

 事前に打ち合わせで、添い寝云々や水着云々にはなるべく触れないようにと言ってあるが、念のためだ。

 月島はこくりとうなずき。



「あとは、ビーチバレーもやりましたね」

「ああ、そうだったな」

「お互い水着で」

「むらむら先生!?」



 あわてて月島の方を見る。

 タブレットの画面が目に入る。

 助手君とむらむら先生が、水着を着てはしゃぐシーンが画面上にはあった。



 しまったと後悔する。

 俺は、なるべく触れないようにと言った。

 そして月島も了承した。

 逆に言えば、基本的には言わないが、必要だと感じたら言うということだ。

 これは、だ。

 実際にあったことを話す体で、どのようなものを描くつもりなのかそれとなく匂わせようとしている。

 配信者としては、悪くない選択だ。

 ファンにしても、どういう内容になるかを妄想するヒントが増えることは喜ばしいことではある、のかもしれない。



「むらむら先生、あの、その、それは」

「助手君、合宿は作品を描くための気分転換ですよ?別に海でやましいことをしていたわけではないんですから、堂々としていましょう?」

「まあ、それはそうなんだけど……なんというか」

「それとも、助手君は、私の水着で悩殺されちゃったんですか?」

「……最悪のキラーパスやめろ」




 それどう答えてもアウトな奴だから。

 何より月島の前では嘘をつけないんだから、猶の事だめだ。

 


「まあ、客観的な事実として似合ってたとは思うよ」

「ふえっ、あ、ふ、ふーん、そう思ってくれてたんですね」

「そりゃそうだろうよ」

【朗報・助手君、あっさりデレる】

【いつものことなんだよなあ】

【好きが隠しきれてないし、隠す気すらないの本当に大好き】


 


 まあ、こういう時は何も隠していないとアピールする方がいい。

 下手に口ごもったりすると、「何かやましいことを隠しているのでは?」と疑われかねない。

 万が一にも「むらむら先生が寝るまで手を握っていた」だとか「キスするところだった」とかそういう事実がバレてはいけないし、そう思われてもいけないのである。

 


 

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