第68話「夜を超えて、朝」

 俺の朝は早い。

 月島に寝てもらった後、俺はこっそりと自分の部屋に戻った。

 さすがに一晩月島の側にいるわけにはいかない。

 多分眠れないだろうし。

そんなことを考えて、すぐさま自分の部屋で床についた。

 さて、その結果やいかにという話だが。



「…………寝れなかった」



 昨日一日、主に夜の記憶がずっと脳内を駆け巡ってどうにも寝付けなかったのだ。

 それだけではない。

 今迄の月島との思い出まで、走馬灯のごとく流れ出してきた。

 中学生のころ、初めて会った頃のことから、彼女がむらむら先生として活動し始めるのをサポートしていて。

 最近になって再会して、一緒に仕事をするようになって。

 


「どうしたもんかな」



 正直なところ、全く意識しないというのは現実的じゃないと思う。

 そもそも、この合宿以前に全く異性として意識していなかったかと言ったら嘘になってしまう。

 生徒として見ていたかどうかすら、かなり怪しい。

 自分を救ってくれた恩人、あるいは仕事を一緒にやり遂げるパートナー。

 最初は教師と生徒、助けるものと救われるものだったところから始まっているこの関係は、いつの間にか隣に並び立つ対等なものに変わっていた。

 


「どんな顔してあいつに顔合わせればいいんだろう……」



 自室で着替えながら、俺は一人ごちる。

 何もなかったような顔をして会うべきだろうか。

 そうだろうな。

 何しろ、別に俺と月島の間に何かがあったわけじゃないのだ。

 月島は明らかに寝ぼけていた。

 要するに、「ちゅー」云々は一切覚えていない可能性が高い。 

 それで俺の方だけ一方的に意識していたらキモすぎるだろう。



「よし」



 俺は、ぱちんと頬を一度叩いて、自室のドアを開けた。

 そして。

 

 


「お、おはようございます」

「おはよう」



 たまたま出てきた月島と、ばっちり目が合った。



「昨日は、よく眠れたか?」

「え、ええ、その、大丈夫でした。あの、先生のおかげで」

「そ、それはよかった」

「あの、先生、昨晩のことなんですが?」

「どうかしたのか?」

「い、いえ、気にしないでください!」

「…………」

「…………」


 

 これはまずい。

 月島は顔を真っ赤にして、気まずそうな顔をしていた。

 服装は、昨晩着ていた寝間着である。

 いや、それはこの際いい。

 よくないことを考えないようにすればいいだけの話だからな。

 問題は。




「朝ごはん、食べに行くか」

「そうですねえ、今日は何でしたっけ?」

「そういえば聞いてないな、月島は何か食べたいものとかあるか?」

「うーん、特には」



 月島が指に唇を当てて考え込む。

 自然と、そこに目が吸い寄せられる。

 あわてて目を唇から逸らすと、月島も気づいたのか指を口から外し、視線を逸らす。

 まずい、これはほんとうにまずい。

 というか、気まずい。

 


「月島」

「何ですか?」

「昨日、自分が何を言ったか覚えているか?」

「…………」



 明らかに覚えている。

 寝ぼけているから記憶も朝になればなくなると思っていたのだが、そんなことはなかったらしい。

 正直、そういう態度を取られると俺の方だって気まずい。

 普通に可愛いし。



「二人とも、何かありました?」

「え、あ、いやなんでも……なくはないかな?」

「待って月島」




 確かに何もないと言ってしまうと嘘になるし、そういう言い方になるのはわかるけども。

 誤解を招くいい方ってのはあるんだよね。



「なるほどねえ」

「赤飯とかたいたほうがいいですか?」

「違います違いますから」



 何やらよからぬ想像をしているロリリズムさんとわんださんを止めにかかる。

 あと赤飯は絶対に違うと思うよ。



 ◇



「--というわけで、別に俺たちは何も二人が思うようなことはしてませんし、やましいことだってないんですよ」

「「…………」」

「なんですか?」

「いや、そこまでしておいて何もしてないっていうのは無理があるというか……」

「本当は手を出したんじゃないですか?」

「出してない出してない」



 あらゆる意味で問題だわ。

 あらかじめロリリズムさんが買い込んでくれていた食料で簡単な朝ご飯を作り、食べている。

 コーンフレークに牛乳を流し込んで、カップスープにお湯を淹れただけだけどね。

 ひょっとして普段からこんな食生活なんですかと聞いたら無視されてしまった。

 地雷を踏んでしまったのかもしれない。



「据え膳喰わぬは男の恥と言いますからね……」

「じゃあ恥でいいよ。背中に甘んじて刀傷を受けるよ」



 もぐもぐとコーンフレークを押し込む月島に対して、俺は突っ込んだ。



「というか、何かしてほしかったのか?」

「……黙秘します」

「とりあえず、この件はお互い今後ノータッチってことでいいか?」

「そうですね……さすがにこれだけは配信でも話せないですし」



 阿吽の呼吸で停戦協定が結ばれる。




「「てぇてぇ」」



 そんな様子を、スープをすすりながら、ロリリズムさんとわんださんはニヤニヤと見守っていた。

 ……腹立つから一回はたいてもいいかな?


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