第64話「添い寝をする理由」
「一緒に寝て欲しい」と言われた時。
流石に俺も、それはちょっと……という意思を明確に伝えた。
……何でも言うことをきくといった手前、拒絶すれば嘘になる。
ゆえに、月島を説得し月島に希望を取り下げてもらう必要があったわけだが。
「実は、最近あんまり眠れてなくて」
「……!」
月島曰く、この二週間は眠りが浅く、寝付けなかったらしい。
当然と言えば当然だ。
夏休みに入ってから、彼女の労働時間は学生とイラストレーターの複合で一日十四時間はある。
それで何も異常がない、はずがない。
「色々と不眠症を解消しようとしたんですが、うまくいかなくって」
「そういえば、波のASMRの話とかしてたよな」
「なら、今日は大丈夫じゃないのか?漫画も描いてないし、勉強もしてないだろう?」
ついでにいえば、海に入ったりして、遊んで、それなりに疲れてもいる。
熟睡できるのではないだろうか。
「いえ、それも難しいかな、と思います」
「なんでだ?」
「先生、経験ありませんか?息抜きとして遊んだりした後、罪悪感で色々考えちゃうことって」
「あー」
言われてみれば分かるような気がする。
月島の心の動きはある意味で正しいものだ。
何しろ、この合宿だってただ遊んでいるわけじゃない。
むしろ、漫画を描くためのインスピレーションと湧かせるために来ているのだから。
「それで、私、眠れなくて……でも、先生が一緒にいてくれたら寝れると思うんです」
「…………」
どうしよう。
これ、断るべきだろうか。
「俺じゃなくても、わんださんとかに頼めば……」
「わんだちゃんじゃダメなんです、先生か、せめてお母さんじゃないと」
「?」
「わ、私、元々夜になると色々考えちゃって、眼が冴えちゃうんです。仕事のこととか、引きこもる前のこととか」
「え……」
俺は、自分のうかつさを悔やむ。
そういう事情があるなら、わんださんには任せられないだろう。
月島の過去を知っている俺の方が、よほど向いている。
「それに、他にも理由はあるんです。助手君と月煮むらむら――私たちの同人誌を描くにあたって、参考資料はあるだけあったほうがいいだろうと思って」
「まあ気持ちはわかる」
今日一日俺と二人で過ごしたのは、あくまでも同人誌を完成させるためだ。
もちろん、楽しんでくれていたのは嘘ではないだろうが、あえて友人であるわんださんやロリリズムさんから距離をとっていたのはそういう理由だろうと思われる。
「だとしても、問題が多々あると思うんだが……」
一番の問題は、間違いなく月島が冷静な状態にないことだ。
これが、恋人同士ならばいいだろう。
何の問題もない。
しかし、俺達の関係はあくまでも教師と生徒であり、同じ職場の仲間である。
今回の申し出は、その範疇を大きく逸脱する行為だ。
だからこそ、俺は本当にいいのかと慎重になっている。
彼女の好意も理解したうえで、だ。
もしも、俺が彼女の言葉を受け入れたとする。
そして冷静になった時に、月島が後悔するようなことがあったとしたら?
だとしたら、俺は畜生であり、卑怯者だ。
心が弱った月島に付け込んで、欲望を満たそうとする外道だ。
そして俺がそうなのかは、月島が冷静にならないとわからない。
だから、慎重になる。
月島を、むらむら先生を、誰よりも自分の夢に正直なこの子を、絶対に裏切りたくないから。
「同衾することは、承諾できない」
「え……」
「俺は、君の仲間として、教師として、一線を超えかねない真似はしたくない。のちに君の傷になるかもしれないから」
「それは、わかりますけど」
今はよくても、あとから思い返した時に嫌だったとか、そういうことは人生においてはよくあることだ。
だから、月島にそうなって欲しくない。
彼女は、その小さな体に余るほどの、大きなものを既に背負っているのだから。
「ただし」
俺は続ける。
月島だってわかっている。
自分が冷静ではないことがわかっていて、それでも俺にこんなことを頼んだ。
「月島を一人にはしないし、苦しんでいる君を見なかったことにはしない」
「……それはどういう?」
「同衾はしないけど、君が寝るまでずっと君の側にいる。これが、俺の提示できる妥協点だ」
「先生……っ!」
「先生って意外と小心者なんですね」
「そんなに意外か?」
そこまで豪胆な内面は持ち合わせていないんだが。
というか異性と同衾するように言われて何も感じなかったら、それは異常だろう。
「先生って結構大胆なところありますよ?気づいてないだけで」
「そうか……」
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