第63話「ピザ、花火」
海で遊んだ後に、俺達はシャワーを浴びて部屋着に着替え、のんびりくつろいでいた。
「カレーピザうまいな」
「先生、このマヨコ―ンもおいしいですよ?」
「お、一枚貰うわ」
口元に差し出されたマヨコ―ンピザにかぶりつく。
確かにこれはこれでうまい。
「先生、あの、私も」
「はーい」
傍にあったカレーピザを一切れ手に取り、月島の口に運ぶ。
「おいひいでふ」
「うん、よかった」
一口で食べきれないので、ピザの端を左手で支えながら、右手でカレーソースのついた口元をぬぐってやる。
「ロリリズムさん、どうですかあのお二人」
「うむ、とてもいいものだ。君の撮影より、二人の盗撮……観察にリソースを割くべきだったかもしれないね」
「…………」
もぐもぐとマルゲリータピザを口に放り込みながら、何事か会話しているロリリズムさんとわんださんが視界にチラチラと入って来る。
というか、何を言っているのかも正直大体聞こえている。
何を言っているのかは理解できないが、なんだかめちゃくちゃなことを言われている気がするんだけど。
あんまり会話とかもしてないけど、ロリリズムさんもわんださん同様にやべーやつということが理解できた。
「さて、食事とったことだし、ちょっと花火でもやろうか!」
「ちゃんと許可はとっているよ」
すっとロリリズムさんが線香花火やロケット花火を取り出してきた。
「というか、何で花火を?」
「そりゃ夏なんだもん、花火でしょ!」
「理由になってないよ、わんだちゃん」
俺も月島も呆れている。
というか、多分疲れている。
朝起きて車で長時間移動し、海で長時間遊んだ。
普段運動していない女子高生には堪えるだろう。
俺は正直問題なく動けるが、月島はもう立ち上がるのもおっくうそうにしている。
「二人とも、花火で遊んでてくださいよ。俺たちはここにいるんで」
「あっ、先生私も行きますよ」
「……大丈夫か?」
「私も、先生と花火がしたいので」
「そっか……」
疲れているからだろうか、いつもより距離が近いし、言葉がストレートな気がする。
まっすぐ目を見れなくなるからほどほどにしてほしい。
やめてほしいとは、思わないけど。
◇
「線香花火、私好きなんですよ」
「そうなのか、俺もだよ」
夜の砂浜で、俺達の手元から、パチパチと音が響く。
しゃがみこんで、線香花火をぼんやりと眺めているのだ。
他に聞こえるのはわんださんとロリリズムさんの騒ぐ声と、ロケット花火の破裂音のみ。
……今更だけど、本当に大丈夫なんだよな?
「めちゃくちゃ楽しそうですね……あの二人」
「だな」
月島が微笑ましそうに見ているので、なんだか毒気を抜かれてしまった。
「父が、花火が好きだったんです。夏になるとこうして、家族三人で線香花火で遊んでました」
「…………」
あまりに唐突で、言葉が出てこなかった。
月島が優しく微笑んでいたから、なおのこと。
「そのことを、わんださんたちは」
「知りません。先生以外に父の話をしたことはありませんから」
「そうだよなあ。じゃあ、単なる偶然か」
言えるはずがない。
月島絵里という人間の根底にあるもの。
そして、それを形づくった者。
軽々しく話せることではないだろう。
かつて、俺に話してくれたことが奇跡だろうとも思う。
「でも、よかったです」
「そうなのか?」
「はい。中学に入ってから花火は一度もやってこなかったんですよね。でも、いつかはやらないとって思ってたから」
「…………」
強い人だと、心から思う。
いつだって、今だって、自分の目の前にある課題から逃げない子だって、誰よりも知っている。
「でも、一人じゃ無理でした。なんでもそうなんです。はじめてコミケに出る時だって、こうして花火をする時だって、学校に行く時だって、いつも日高先生が助けてくれるからできることで」
先生は、私のこと強いって言ってくれますけど、と月島は付け加えた。
「だから、これからも支えて欲しいんです。先生に、私の隣で」
「ああ、任せてくれ」
できる範囲のことしかしてやれないが。
それでも、俺はこの子の隣に居よう。
「じゃあ、今晩、よろしくお願いします」
「ぶふっ」
夕方に言われたことを思い出して、俺は噴き出してしまった。
「まあ、月島がいいなら、わかったよ」
「……はい」
線香花火しか光源がなくて。
お互いの顔色はよくわからない。
それでよかったと思う。
俺も彼女も、きっと人に見せられる顔色ではないから。
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