第61話「海沿いを歩きながら」
「もうちょっと、ここにいてもらっても、いいですか?」
「いいよ」
月島の、すがるような目を見たら。
彼女の、俺を求める言葉を聞いてしまったら。
戻るなんてできるはずもない。
いや、責任を月島に押し付けるような考えはダメだな。
単純に、俺がもっと長く、月島と一緒にいたいだけなのだ。
「せっかくだし、ちょっと歩くか」
「はい!」
日差しが強い。
陽炎が出現し、わずかだが視界がぶれる。
それでも、はっきり見えるものはある。
「綺麗、ですね」
「そうだな……」
月島は、目の前の夕日と、それを写して赤くなる海を見ていた。
俺は、目を輝かせて海を見る彼女の横顔を見ていた。
見ながら、言葉を返していた。
「そういえば夕食はどうするんだろう」
「わんだちゃんがピザの出前を取ったって言ってましたよ」
「こんなところまで出前って届くんだな」
「そうみたいですね。あっ、これって
「そういえば、ふと思ったんだけど」
「何ですか?」
「いや、俺が勝ったわけだけどさ、月島は俺が勝ったら何を要求するつもりだったのかなって」
「それ勝ってから訊きます?普通」
「あー、まあ確かにちょっとアレだな」
「正直に言うと、あんまり考えてなかったです」
月島は、波打ち際にしゃがみこんだ。
俺も、すぐ隣にしゃがんで、海に視線を向ける。
「あの時、何でそんなことをしようと思ったのかわからなくて、ただ、私は何かがしたかったんです。どんな形でもいいから、先生と一緒に楽しみたかった、対等に、遊びたかったのかもしれません」
「……争いは同レベルのものでしか成立しないからな」
「あはは、確かに二人とも子供みたいでしたもんね」
そんなことを言いあいながら、俺は俺のうかつさを悔んでいた。
月島は、俺と対等になることを望んでいる。
それは、わかっていたことだ。
月島の想いを考えれば、至極当然なことで。
対して、俺はどうだっただろう。
「助手君」として、月煮むらむら先生の相棒として、この二か月足らずの濃い時間を過ごしてきて。
それでも、対等であるとは言い難い。
先ほども俺は「さすがに圧勝すると可哀そうだからギリギリの勝負を演じよう」と考えて。
勝った後には「俺がこの子の足を引きたくないから特に要求はしないでおこう」と判断して。
もちろん、それは思いやりのつもりだったし、客観的に見てもそうだとは思う。
だが、主観的に考えた時に、月島はどう思うか。
「憐れみ」だと取られても、仕方がないのではないか。
隣に並びたいと考える彼女にとって、酷な対応ではないのか。
一方で、今もなお夢に向かって進み続ける月島に対して劣等感や憧憬だって感じていて。
俺は、月島にどう接するべきなのだろう。
俺は、月島をどうしたいのだろう。
生徒として、仕事仲間としてなのか。
恩人として、友人として。あるいは。
「先生?」
「…………」
波打ち際を、透明な水が押しては引きを繰り返している。
「先生、こらっ」
「おっと」
ぼすんっ、と肩を叩かれる衝撃で我に返った。
「ああ、ごめん、ちょっとぼーっとしてた」
「わかりますわかります。波の音とか聞いてると、落ち着きますもんね」
「そうかな?そうかも」
「何かやって欲しいこととかあるか?」
「俺も、それをしたい。月島がやりたいことを手伝いたい。これが、今の俺の望みだから」
今自分がやっていることが正しいとは限らない。
もしかしたら間違っているのかもしれない。
それはきっと、進んでみなくてはわからない。
「じゃあ、先生、一つお願いしてみてもいいでしょうか?」
「なんなりと」
夕焼けか、あるいは血潮か。
月島は頬を赤く染めて、俺の方を向いていた。
「今夜、一緒に寝てくれませんか?」
「…………はい?」
今なんて?
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