第60話「海で、遊ぶ」

 わんださんがいなくなった直後、二人きりになったビーチには波と風の音開けが響く。

 やがて、月島が俺の方に恥ずかしそうな顔をしながら歩いてきた。

 そういう表情をされると、逆にこちらも意識してしまう。



「あ、あの」

「何だ?」

「あの、私、水着、変じゃないですか?」

「別に変ってことはないぞ。良く似合ってる」



 月島の水着は、いわゆるフリルのついたオレンジ色のビキニである。

 彼女のかわいらしさを引きたてつつ、ビキニということで露出は多く、俺からすればかなり大胆なデザインとなっている。



「先生もよく似合ってますよ」

「これ授業で使う奴だけどな……」



 体育教師なのでプールの授業で使う水着は持っている。

 逆にこれ以外に水着はない。

 


「月島は、その水着いつ買ったんだ?」

「あ、これは夏休み直前ですね。試験終わってすぐにわんだちゃんが買いに行こうって言いだして」

「なるほどねえ」



 もしかしたら、この時点で合宿をすることはわんださんの中では決まっていたのかもしれない。

 だとしたら、俺達にもっと早くいってほしかった気がする。

 たまたまスケジュール空けられたからよかったけども。



「それがどうかしたんですか?」

「なんというか、月島も成長してるんだなと思ってさ。四年前だったら、水着を買おうなんて発想にならなかったと思うし」

「むう、特に反論できませんが、ちょっと酷くないですか?」

「ごめんごめん、それだけ伸びしろがあったってことよ」




 きょとんとしたり、頬を膨らませたりと、月島の表情がコロコロと変わるのが何だか面白い。

 


「それはそれとして、せっかく海に来たんだから遊ぶか?」

「私泳げないんですけど、どうやって遊べばいいんですか?」

「なんか色々置いていってくれてからな、遊びようはあるだろ」




 わんださん、どこまで行っちゃったんだろう。

 ロリリズムさんが一緒にいるから大丈夫だとは思うけど。



「おお、ビーチバレーボールがあるな。あとは水鉄砲もあるけど……これ海水入れて大丈夫なんだっけ?」

「ビーチパラソルがありますから、海を眺めながらゆっくり過ごしたいですね……」

「それもいいかもな」



 月島は日ごろ運動していないので体力がない。

 なので、遊ぶにしても彼女にあわせる予定だったのだが。



「いえ、せっかく気分転換に来たので、やっぱり今日は違うことをしましょう」

「ほほう、何やる?ビーチバレーとか?」

「いいですね、先生、勝負しませんか?」

「勝負?」

「ええ、勝ったほうが負けた方の言うことを何でもきく、というのはどうでしょう」

「……なるほど」

「今の間は、なんですか?」




 それはもちろん「こいつ負けた時のこと考慮してないだろうなっていう」呆れと。



「じゃあ、先に十ポイント撮った方の勝ちな」



 加えて、「誰に勝負を挑んでるのかわかってるか?」という疑問である。



 ◇



「そ、そんな、どうして……」


 

 終わってみれば10対8で俺の勝利である。



「いやあ、危なかったな」

「先生絶対手を抜いてましたよね?」

「……勝たせた方がいいのかギリギリまで悩んでて」


 

 炎天下の中、ビーチバレーをしたことで疲れてしまったらしい月島をビーチチェアに座らせ、持ってきていたスポーツドリンクを渡す。

 疲れているだけでめまい症状までは出ていないので、経口補水液まではいらないだろう。

 


「ないよ、別に」

「えっ」

「……何もないんですか?私としたいこととか、本当に何も?」

「月島のいいところはさ、前を向いてるところなんだよ」

「きゅ、急にどうしたんですか、そんなに褒めて。ていうか、私、めちゃくちゃ後ろ向きですよ?根が陰キャですし」

「まあ、それは知ってるんだけど」

「否定してくださいよ、そこは」



 むくれる月島に、苦笑で応えて続きを話す。



「同人誌で俺とむらむら先生の同人誌を描くって言った時とかさ、君は苦しいときに楽な方に逃げようとはしないだろ?今日だってわざわざビーチバレーをやろうって言いだして」

「それは、一度逃げたらずるずる逃げ続けちゃうって知ってるからですよ。日高先生が来てくれなかったら、ずっと不登校だったかもしれません」

「それでも、立ち止まってはいなかっただろ。ずっと描いてた。毎日誰とも会わなくても、ずっと」




 俺がかかわったことで、働きかけたことで、月島はデジタルで絵が描けるようになり、イラストレーターとして名をはせた。

 逆に言えば、俺と出会う前はアナログで絵を描いていたということである。

 誰に見られることもなく、見せる人もおらず。

 毎日毎日、ひたすらに技を磨き続けた。

 それがどれほど苦しくて、どれほど尊いことかを、俺も知っているから。



「だから、そんな君だから、手伝いたいって思ったんだ。すべての生徒をあまねく導くべき教師としては、あまりいいことではないんだろうけどな」

 


 







 

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