第57話「間男の困惑」

 それは、なんてことのない日だった。

 いつものように女を部屋に呼んでゴロゴロだらだらとFXをしていると、六号が一通の封筒を持ってきた。



「あの、これ、何ですけど……」

「うーん?」



 六号は、割とミーハーな女子高生である。

 俺が某芸能事務所の関係者って言ったら簡単に釣れた。

 あとは、顔と手練手管を活かして丸め込み、大人っぽい高級なレストランに連れて行き、ホテルやこのマンションに連れ込むだけ。

 中学生から高校生は、まあこれで落とせる。

 落とせなさそうな、お堅い人間は狙わないけどね。

 慣れるとそういうの勘でわかるし。

 あとは、たっぷり俺に貢ぐように時間をかけて調教して、金をくれそうな人間だけ残す。

 そうやって俺に都合のいい女を七人残すのが俺のやり方だ。



 それはともかくとして。

 


「弁護士事務所?」

「はい、大丈夫ですか?」

「いや、別に大それたことはしてないよ?だから安心して、落ち着いて」

「は、はい、そうですよね」


 

 軽く頭をなでると落ち着いた。

 さて、改めて中を見てみるとしようか。

 そこには、見たことのない書類が入っていた。



「慰謝料請求?」



 なんだろう、何かやっただろうか。

 まるで心当たりがない。

 悪いことなんて何もしていないのに。

 とりあえず、中身をよく読んでみると。



「これ、五号の元カレかあ……」



 気まぐれで五号が男と同棲しているという部屋に行ったときに、男に動画を撮られていたらしい。

 全く気付かなかったが、婚約破棄に伴い、精神的苦痛に対する慰謝料請求とのことだった。



「……結婚してないのに慰謝料請求って出来たっけ?」



 不倫がダメなのは知っている。

 ドラマでさんざん見てきたから。

 ただ、結婚しているわけでもないたかが浮気が、問題になるとは思っていなかった。

 五号は彼氏と結婚するという段階で捨てるつもりだったしな。

 婚約の時点でアウトだったりするのか?

 だとしたらかなり面倒だな。



「どうするかなー」




 慰謝料として請求されている額は約三百万円。

 いくら貢ぎ先が六人いる俺と言えども、簡単には工面できない。

 親父にお願いして用立ててもらうか?

 俺と違って女遊びに対しては潔癖な親父だが、まあ俺に関心がない代わりに金払いはいい。

 適当に何かしら口実をつければ金をせびることは難しくない。

 父は、今でもテレビで顔を見ない日はない超大物俳優だ。

 もう六十近いのに休む暇なく役者稼業に打ち込んでいる。

 昔からそういう人だった。

 母が浮気をして出ていったのもよくわかる。

 仕事以外に興味がない。

 俺に対しても求めるのは、スキャンダルを起こして自分の役者生命を邪魔しないことのみ。

 子供のころから、俺は愛に飢えていて。

 だからこそ、こうして女を飾ることで愛情の代替品にしているのかもしれない。



「まあいいや」



 とりあえず、慰謝料のめどは立ちそうだし。

 これで何の問題もない。

 


「あの、大丈夫なんですよね?」

「ん?ああ全然大丈夫だよ。よゆーよゆー」

「そうなんですか?」

「うん、というか気分を変えるためにせっかくだし出かけようよ。いいお店をこの前見つけてなあ」

「いいですね!行きましょう!」



 まあ、これくらい言っておけば簡単なわけよ。

 マンションを出て、その隣にある駐車場に六号と一緒に向かう。

 ぱしゃり、という音が聞こえた。



「?」

「どうかしたんですか?」

「いや、何でもない」



 今のは、カメラのシャッター音?

 未成年と一緒にいるところを撮られたのだとすればまずいが……まあないか。

 きっと、気のせいか、風景を撮りに来たカメラマンと言ったところだろう。

 俺は、そういう風に都合よく考えることにした。

 それが、最大の過ちであるとは気づかずに。


 ◇


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