第53話「コミケに向けて」

 終業式当日、月島家で、ぽつりと月島がこぼした。


「コミケに出る予定なんですよ」


 ひとしきり泣いて落ち着いた月島が、ゆっくりと話し出した。



「そうなのか」

「はい、私コミケには毎年出てるので……」



 ぶっちゃけ別に不思議なことではない。

 月煮むらむらというイラストレーターは主にコミケで爆発的人気を獲得したという実績がある。

 ゆえに、名が売れた今でも、コミケに参加するという選択肢は正しい。

 いわばコミケというイベントは、むらむら先生にとってはホームグラウンドのようなものなのだ。



 ただ、その。



「ぶっちゃけ間に合うのか?」

「補習がなければ大丈夫のはずだったんですけど……」

「やばいなあ」



 つまり、補習があるから間に合いそうにないということだ。

 


「ちなみに俺はあんまり詳しく知らないんだが……補習をさぼると何かペナルティがつくのか?」

「多分留年になると思いますよー。先生に確認したので、ほぼ間違いないですー」

「ありがとう、わんださん」

「いえいえー、元はと言えば私の監督不行き届きみたいなところもあるんで」

「いや、むしろ俺のミスだ。まさか、月島がこんなにアホの子だったなんて……」

「いえ、そのアホの子を私が親友として矯正できなかったという話なので」

「ちょっと待ってください、私はアホではないですよ?」

「絵里ちゃん、嘘はよくないと思うの」

「月島、寝不足みたいだから今日はゆっくり休んだ方がいいと思うぞ」

「辛辣すぎないですか!」



「ところで、話は変わるんだが、結局コミケでは何を売るんだ?」




 俺が手伝った時は、確か彼女の好きな漫画の同人誌だったと思う。

 いうまでもないが、同人誌と言っても全年齢対象である。

 というかむらむら先生が18禁作品を描いたことはない。

 


「うーん、やっぱり今年はわんだちゃんと月煮むらむらの同人誌になりますかね。せっかく私がデビューして、注目されてますからね」

「元々去年とかは私の同人誌だったから、そこにむらむらママが足される感じだねー」

「そうだったのか。権利的には大丈夫なのか?」

「うんうん、うちの事務所はママであっても18禁じゃなければグッズ、同人誌作ってオッケーってことになってるんだよね」

「ほーう、なら安心だな」



 話としては、シンプルだ。

 題材も決まっている。

 権利関係も問題なし。

 クリエイターのモチベーションもおそらく十二分。

 問題は。



「時間足りるか?」

「それなんですよねえ」




 明らかにまずい。

 月島には他にも仕事がある。

 作業配信でコミケの準備をするとしても、限界というものがある。

 そもそもとして、配信は一日に一時間程度。

 その時間を作業にすべて回したところで、終わるとは思えない。

 であれば、俺は何をするべきか。

 考えれば、答えはすぐに浮かんだ。



「俺に提案があるんだけど」

「何ですか?」

「一か月間、むらむら先生は創作活動以外のあらゆる行動を禁止します」

「ふえっ」



 ◇




「助手君、このスクランブルエッグおいしいですねえ」

「そうか、喜んでもらえてよかったよ、ところで先生」

「何ですか?」

「そんなに汚い?俺のオムレツ」

「……これもしかして、オムレツだった?」



【助手君料理するの?】

【あんまり得意じゃないって前言ってた気がする】

【どんだけ崩れたんだよww】



 俺が提案したのは、俺が月島家の家事をほぼすべて一人でやるというもの。

 夏休みに関しては、月島には創作活動と勉学に集中してもらうことになった。

 まあ、大体の家事は俺でもこなせる。

 だがしかし、唯一問題となってくるのは料理だった。

 俺の料理は、なんというか雑だ。

 一番ひどいのは見た目で、シチューを作ればブロッコリーが崩れて緑色の毒々しいスープになるし、カレーはそこが焦げ付いた結果黒いカレーが出来上がる。

 要するに「食べられなくはないけどあんまり美味しくないし見た目の悪い料理」が出来上がるのだ。



「まあでも、味は全然悪くないから、大丈夫だよ」

「あ、うん……」



 慰められてしまった。

 ああ、なんとも情けない。

 


「まあ、そんなわけで助手君に全面的なサポートを受けつつ、コミケに向けて頑張っていきます。わんだちゃんも色々手伝うとは言ってくれてるけど、あの子も結構忙しいですからねえ」

「そうだよな」



 だから、俺がやる以外にないわけだ。

 


「でもこれ、本当においしいねえ、なんだか力が湧いてくるよ」

「それならいいんだけどな」



 月島は嘘をつかない。

 何があろうと、絶対に。

 だから、彼女のこれは本心だ。

 とはいえ、彼女に対して、俺のできる役割が少なすぎる。

 特別なスキルもない俺では、彼女を支えきれない。

 Vtuberとしてなら機材の面でサポートができるが、クリエイターとしての彼女には何もできない。

 ……このままではだめだな。

 月島の為にも、俺に出来ることを増やさなくては。

 そんなことを考えながら。

 俺たちは、配信を進めていった。




 


 

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