第51話「そんなわけで、作業配信」

「どうもこんばんは、月煮むらむらです」

「こんばんは、どうも助手です」

「今日は、作業配信をしていきますよ」

「二人ともやることが色々あるので、それぞれで作業をしつつ、まったり話していこうかなって思ってるぞ」



【きちゃ!】

【いつも通りぬるりと始まるチャンネル】

【確かに自然体って感じがするよなあ】



 ぬるりと始まる、というのはどういうことかと考えかけて、ふと気づく。



「そういえば、このチャンネルって専用の挨拶とかないよな」

「そうですねえ」



 ユーチューバーは、キャラクター性のために専用の挨拶を作る人が多い。

 二次元のキャラクターとして存在するVtuberの場合は、さらにその傾向が強くなる。

 例を挙げるなら、わんださんは「こんばんけーん」という「こんばんは」と「番犬」をかけた洒落た挨拶だったりする。

 このチャンネルはそういうの作らないんだろうか。

 順調に伸びていることもあってか、あんまり「ここを変えよう」みたいな議論ってしてこなかったんだよな。



「実は、挨拶を考えていたこともあったんですよ。ただ……」

「ただ?」

「考えてた挨拶が、私個人のものと言いますか、要するに二人で使えるものじゃなくて……」

「あー」



 それはそうだろう。

 元々、Vtuber活動を始める際には俺の存在は計算に入っていなかったはず。


「今はもう、二人のチャンネルだと思ってて、だから改めて挨拶をっていうのは今のところ考えてないですね」

「そっかー」

【てぇてぇ】

【二人で一つっていう関係性を大事にしたいのか】

【なんかエモくない?】



「二人で挨拶をするとしたら何がいいんでしょう?」

「二人でってのも難しいよな。漫才みたいにコンビ名があるわけでもないし」



 コンビ名、あるいはグループ名があれば「〇〇グループの××です!」という名乗りができる。

 ただ、俺達はそういうコンビ名を持っていない。

 俺は月煮むらむら先生の助手でしかなく、それ以上になりたいとも思わない。

 ふと、なんとなく嫌な予感がして、俺はコメント欄を見た。

 それは、一か月以上むらむら先生と一緒に配信をしてきた経験値が告げてくれているもの。



【コンビ名、月煮夫妻とかでもいいんじゃない?】



「んんっ」

「ごふっ」



 うん、わかってたよ。

 そういうコメントがつくんじゃないかなとは、こういう話題を振った時点でうすうす気づいていた。

 理解していてもなお、衝撃が思ったより大きかった。




 Vtuberとして活動すると、いろんなことを言われる。

 その中には、人格攻撃に近いものや、その距離がゼロになってしまっているものもある。

 そして悲しいかな、そういうものにもなれてしまう。

 というより、身体が勝手に動いて削除やブロックをするようになる。

 月島に、そんなコメントを見せるわけにはいかないからな。

 だからそういうのはもうどうでもいい。

 もう慣れた。



 ただし。



「ま、まったく、私達夫婦とかじゃ全然ないですから、ねえ?」

「ああ、そうだな。全然違う」

【またまたあ】

【声上ずってますよ】



 やめてくれ、正直動揺してしまっているのが自分でもわかってるから。

 今、作業に没頭しつつ隣にいる月島から必死で目をそらしているんだから。



【今更だけど、何の作業をしてるんですか?】


「ああ、コミケの準備ですね」

「俺もその手伝いだな。今、むらむら先生が希望した資料を検索して取り込んでる」


 俺は絵を描くことが出来ない。

 ゆえに手伝おうにもできることが限られる。



「イラストかあ、俺も描けたらいいんだけどな」

「まあ、正直絵は一朝一夕に身につくものじゃないですからね……私も今の領域にたどり着くのに十年はかかりましたから」

【女子高生なのに、イラストを十年、妙だな?】

【あっ】

【おいやめろ】

【あくまでも設定だから()】



 一応、月煮むらむら先生のVtuberとしてのキャラクターは女子高生イラストレーターということになっている。

 それは事実なのだが……リスナーの中にそれを事実としてとらえている者は一人もいない。

 本人がこうしてイラストを十年以上前から描いていたと話していることや、極端な機械音痴、さらには好きな曲などから、彼女の実年齢は三十代後半だと思われている。

 ……そう考えると、俺とむらむら先生がカップルとして担ぎ上げられるのもなんというか、納得がいく。

 成人男性と成人女性なら後ろ指を指されるいわれはないのだから。



「ともあれ、しばらくは、というかコミケが終わるまでは配信はほぼ作業配信になると思ってほしい。申し訳ないが、コミケが俺たちにとっては最優先事項なんでな」

「そうなんですよねえ。正直間に合うかどうかわからないレベルなので……」

【全然いいよ!】

【応援させてくれ!】

【新刊楽しみにしてます!】



「「ありがとうございます」」



 気づけば、ハモっていた。

 俺達を支えてくれている人たちへの感謝が自然と湧き出たから。



【待ってハモった?】

【ふーん、運命じゃん】

【これがベストパートナーってやつですわ】



 ちょっと悪ノリが過ぎるところもあるけど。

 


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る