第50話「夏休み、スタート」

 夏休み。

 それは、子供大人問わず、多くの人間にとって重要な時期。

 誰かにとっては、羽を伸ばす時だろう。

 誰かにとっては、秋以降の飛躍のための充電期間だろう。

 誰かにとっては、夏休みなど存在しないのかもしれない。いや、日本の闇に目を向けるのはよそう。

 さて、話を俺達に戻すとしよう。



 俺――日高手助にとっては夏休みは、いつもよりマシ、と言えるだろう。

 部活動の付き添いなどはあるものの、授業や学校行事がない分、随分暇な時期と言える。

 まあ、学校を無人にするわけにはいかないから出勤はしないといけないんだけどね。

 もちろん、すべての教師が俺と同じというわけじゃないだろう。

 が、俺にとっては夏というのはあまり忙しくない季節である。



 ではひるがえって、Vtuber月煮むらむら先生の相棒――助手君としてはどうだろうか。

 これは実のところ、かなり忙しいと言えるはずだ。

 何しろ、夏休みというのは多くの人が休む期間。

 必然的に娯楽の需要が高まり、俺達Vtuberにとってはかき入れ時とも言えた。

 週に一回というVtuberの中で極めて低い配信頻度を誇るむらむら先生も、夏休みに関してはコミケ直前や当日を除き、毎日配信を計画していた。

 そう、計画していた。



「な、なんでこんなことに」

「うううううううううううううう」



 月島家のリビングには、三人の人影がいた。

 一人目は俺こと、日高手助。わけあって月島家に居候させてもらっているしがない体育教師だ。

 泣きながらとなりの少女にしがみついている二人目は、月島絵里。

 この家の住人であり、超大物イラストレーター、ついでに俺の雇用主でもある。

 コミケではシャッターに陣取り、数多の企業が彼女を取り合う。

 そんな大物作家の威厳など欠片もなく、友人に取りすがってガチ泣きしている。



「全教科赤点って、何やってるんだよマジで」

「絵里ちゃん、授業ほとんど全部寝てたもんね……一応私が授業をまとめたノートを作って渡したり、課題を手伝ったり、勉強を教えたりはしたんだけど……」



 泣き崩れる月島の隣でポンポンと肩を叩きつつ慰めているのは、犬牙見わんださん。

 本名は椀田詩織と言い、月島のクラスメートでもある。

 俺と月島の関係を知っている数少ない人間であり、中々にぶっこんでくるというか、油断ならない人物でもある。

 一応厳重に口止めはしたから、彼女の口から秘密が漏れることはない、と思いたい。



「それで、成績下位10%に入って補習にかかったわけだ」

「うう、補習で夏休みの予定びっしり埋まってます……」



 元々月島は勉強が得意な方ではなかった。

 私立の進学校で、不登校になっていた経験があるというのは勉強においては大きなハンデとなりえる。

 が、俺はそこらへんを放置していた。

 俺がそもそも勉強ができないというのもある。

 何より、月島には不得意なことをやらせるより得意なことを伸ばしてもらったほうが大成すると思ったのだ。

 


「とはいえ、授業中全部寝てるって中々だな」



 確かに寝る子は育つというが、授業全部寝るというのは逆に難しい気がする。

 俺の高校時代は毎日毎日吐きそうになるくらいきつい練習をしてきた高校球児だった。

 なので授業は割と寝ていたような気もするが……それでも全部は逆に難しい。

 徹夜でもしない限り、と思いかけて俺は心当たりがあることに気付いた。



「もしかして、俺が寝た後も、朝までずっとイラスト描いてたのか?」

「…………」

「月島?」



 おい、目を逸らすんじゃない。

 嘘をつきたくないからって口を閉ざすんじゃあありませんよ。

 同居を始めてからは早く寝るように、夜更かししないように言ってきた。

 ただ、俺の管理は彼女が寝室に入るところで途切れてしまう。

 彼女がベッドの上でイラストを描いているのか、寝ているのかは彼女自身にしかわからないことだ。



「そんな生活ずっと続けてたら体壊すぞ」

「い、一応五十分六セットで五時間は寝てるので……」

「授業中以外は一睡もしてないってことじゃねえかそれ」




 五時間って結構短い方だし。

 しかも連続で寝てないことを考えればなおさらヤバい。



「うーん、一つ解決策があるよ」

「わんださん、あるなら教えてくれ」

「日高先生と絵里ちゃんが、一緒に寝ればいいんだよ」

「「却下」」

「あれ?」



 うん、わんださんはわんださんだった。



「というか睡眠不足じゃなくて時間のやりくりの方が問題ですね」

「それは簡単じゃない?」




 わんださんは、何を言っているんだという顔をした。



「作業配信やればいいじゃん」




 なるほど、その手があったか。

 

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