第48話「先生と、先生」

 イラストが描きあがるまでの数時間、俺達はさまざまなことを話した。

 例えば、Vtuber活動の振り返り。

 まだデビューして二か月程度だが、鮮烈な思い出ばかりである。

 初配信はむらむら先生のファンに反発を食らうかと思いきやカップルチャンネルと呼ばれ歓迎されて。

 ゲーム配信では二人ともガチャで大爆死して、挙句の果てにむらむら先生は天井すら飛び越えた。

 料理配信などというVtuberの枠を飛び越えた企画を行ったが、ファンは良くも悪くもいつも通りであり、大いに配信を盛り上げてくれた。

 むらむら先生の娘であるわんださんとのコラボでは、表でも裏でも非常に危ない発言があちこちに飛びだし、Vtuberになってから最も心臓に悪い時間となった。



「やっぱり一番記憶に残ってるのはコラボだなあ。本当にわんださんがガンガン攻めてきて大変だったよ。そこがあの子のいいところなんだけどな」

「わんだちゃん、裏でもずっと私と助手君の関係性について語ってますからね……」

【娘の教育方針について悩む夫婦の図】

「違うからな?断じて夫婦ではないからな?」

「助手君、どうして否定するんですか?」

「いや、事実だから……」

「どうして否定するんですか?」

「いやまあ、うん」



 などと冗談を交えつつ、いつしかイラストは完成していた。



「いやあ、我ながらとんでもない出来ですね!」

「確かにとんでもないな、二重の意味で」



 タキシードを着た、月を思わせる金髪の少女。

 儚さと美しさが同居した、至高のデザインである。

 一方、彼女の右にいる俺はどうだろうか。

 引き締まった肉体は程よく露出し、全身が白い布と宝石で彩られている。

 ガチムチのおっさんがウェディングドレスを着ている、控えめに言って美しさに対する冒とくではあるまいか。



「これ、本当に新衣装になっちゃうんですか?」

「いやあ、あくまでもこれはイメージだからね?本当に実装するとは限らないし。……しないとも言ってないけど」

「やる気満々じゃないですかーヤダー」



 イラストは、むらむら先生なら描ける。

 だが、モデリングというVtuberの体を動くようにするという仕事は、彼女にはできない。

 モデラ―という、コンピューターに精通した人間だけができること。

 ちなみに俺はできない。

 ノウハウがあんまり出回ってないんだよねえ。

 そもそもOBSほど需要がないということなんだろうけど。



「まあ、おいおい新衣装については考えますけど、せっかくリスナーからもらったアイデアですから、何かしら活かすとは思います」

「むらむら先生ちょっと待って。俺本当に変態女装おじさんになっちゃうんだけど。普通に人としての尊厳の危機なんだけど」

「じゃあ、改めて、配信を終わらせてもらおうと思います。こんなに多くの方に応援してもらえるとは思ってなかったんだけど、正直嬉しいです。まだまだこれからも月煮むらむらは走り続けますし、描き続けます。私達の物語はこれからです!」

「ちょっと待って、何か話し終わらせようとしてない?うやむやにしちゃえとか思ってない?」

「じゃあ、ありがとうございましたー!次の配信はまた来週です!」

「あ、もう聞く気ないのね……。お疲れさまでした!また来週!」

【助手君の意見聞いてもらえてなくて草】

【先生、助手君に女装させたいのか?】

【助手君なら何でもいいんでしょ】

 


 ◇



「いやあ、盛り上がったな、配信」

「ですねえ」

「これでまた、ファンが増えるといいよな」

「ですねえ」

「あの月島さん」

「何ですか?」

「いつまで俺にくっついてるんです?」

「…………」



 配信を終わらせた直後、月島は俺にくっついてきた。

 理由はわかる。

 配信上でぶっ続けでトークをしながら、イラストを描いた。

 彼女にとっては、相当負担が大きかったはずである。

 だから、何かにもたれかかりたいというのは仕方がない。

 ただ、その対象がどうして俺なのかという疑問は残る。



「嫌でしたか?」

「いや、別に嫌ではない」



 嘘ではない。

 彼女に触れられても、嫌悪感はない。

 それはそれとして、月島の柔らかさがじんわりと伝わってきて、若干、いやめちゃくちゃ気恥ずかしい。



「私、先生の言葉が嬉しかったんです」

「…………」



 どの言葉だとは、訊かなかった。

 言わずともわかることだったから。

 


「だから、もうちょっとだけ、積極的になろうと思いまして」

「そうか……」



 俺は苦笑する。

 月島のまっすぐな気持ちに。

 そして、それを嬉しいと思ってしまう、自分自身に。

 俺も少しだけ、体重をかける。



「月島、そしてむらむら先生、ありがとう。そして、これからもよろしく」

「……どういたしまして、これからも、よろしくね、日高先生」



 俺と月島は、少しだけ笑いあった。

 これがいい。

 共に寄り添いあう、相棒としての、この関係が。

 少なくとも、今はまだ。


 ◇



 ここまで読んでくださってありがとうございます。

 ここまでで第一章完結、という形にはなるのですが。

 全然普通に二章が明日から更新されますので……。

 「続きが読みたい」という方は評価☆☆☆、フォローなどよろしくお願いいたします!励みになります!

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