第46話「先生と助手」

「こんばんはー、イラストレーターの月煮むらむらです」

「はいどうも、こんばんは、助手です」



 土曜日の夜。

 いつも通りの時間、いつも通りのあいさつ。

 俺とむらむら先生は、配信を始めていた。



「今日の配信はですね、なんと」

「チャンネル登録者数五十万人記念となっています!」

【おめでとう! ¥4000】

【うおおおおおおおおおお!】

【あっという間に増えてるんだけど】

【むらむら先生やっぱりとんでもないよな】



 五十万という数は、尋常ではない。

 有名事務所で活動している超一流のVtuberでさえ、そう簡単には達成できない。

 いや、そもそもむらむら先生が軽く達成した十万人だって、あまたのVtuberが目標として掲げ、なお達成できずにいるのだ。

 


 直接的な原因は、この前のわんださんとのコラボだろう。

 犬牙見わんださんは大手事務所に所属する、チャンネル登録者数百万を超える超人気Vtuber。

 そんな彼女のファンが、むらむら先生のチャンネルになだれ込んだ結果、チャンネル登録者数は爆発的に増えたというわけだ。

 


 もちろん、それだけが理由ではない。

 むらむら先生のキャラクターや、本人の内面などが多くの人に愛された結果である。



「改めて、おめでとうございます。むらむら先生、流石ですね」

「…………」

「どうかしたか?」

「いや、何で他人事なんだろうと思いまして」

「え?」



 いや、どう考えてもチャンネル登録者数が増えているのはむらむら先生の力によるものだろう。

 俺はいいところハンバーグのニンジン、いや、パセリである。



【助手君とむらむら先生の掛け合いが好きなんだよ!】

【二人ともいるから、このチャンネルが好き】

【めちゃくちゃ嫁を大事にしてるのが伝わってくるから推せる】


 

 そうか。

 俺はむらむら先生と違って何者でもないけれども、そうやって俺を好きになってくれる人もいるんだな。

 あと、嫁ではないからね。

 誰の話とは言われてないので突っ込まないけど。



「私も、助手君にはいつも感謝してますからね。君がいなかったら、月煮むらむらという存在は誕生してないですから」

「……そうですかね?」

「助手君が、あの時私に手を伸ばしてくれたから今の私があるんだよ」


 

 多分、むらむら先生は機材云々だけではなく、不登校時代の話も含めているのだろう。

 ただ、それもどこまで俺のおかげだったかは怪しい。

 教師として、不登校の子に関わってきたことは何度かある。

 その都度、俺に出来る限りのことはしてきたつもりだが……結局復学したのは月島だけだ。

 学校に戻そうとして失敗したり、逆に距離を取りすぎて失敗したり。

 


「今の先生があるのは、むらむら先生が誰よりも頑張ったからだよ。頑張ってきたことを、俺はよく知ってるから」

「その言い方はズルいですよ」



 月島は顔を赤らめつつ、どこか嬉しそうだった。

 ちなみにコメント欄は今の発言でさらに加速してたけど、俺は目を逸らした。

 


「今日は、お絵かき配信をやろうと思います」

「ほほう」

「テーマは――私と助手君の新衣装」

【え?】

【待って待って】

【ふあ?】



「ルールは簡単。俺がコメントをするので、そのすぐ下に来たコメント通りの衣装を、むらむら先生に書いてもらうことになります」

「んで、そのコメントの通りに私がイラストを描いていきますね。正式に新衣装になるわけではございません」



 いわゆる、安価と呼ばれる方式に近い。

 そう、つまりこれは。



【あっ】

【なるほどね、完全に理解した】

【大喜利企画ってことね】

「えっ、いやあの、イラスト企画で」

「むらむら先生、すまん。俺が提案しといてなんだが、これは大喜利企画だ」

「助手君!?」



 コメント欄が【草】で埋まる中、俺はパソコンを操作する。



「じゃあ、いきますね。まずは、俺の方から」


【和装】

【ナース】

【マイクロビキニ】

【↓ 助手君】

【ウエディングドレス】

【水着】

【DJ】

【メイド服】

【スク水】



 爆速で流れていったコメントを見返して。

 ……あれ?



「あの、みんな勘違いしてないか?これむらむら先生じゃなくて俺の衣装なんだけど」



【知ってるよ?】

【アー、ヤッチャッタナ―】

【地獄絵図すぎる】



「なあ、むらむら先生。これは一回やり直しで」

「やりましょう」

「むらむら先生!?」



 地獄が始まるんだけど?

 え、俺これ画面見なきゃダメ?

 そこそこ筋肉のあるガタイのいい青年がウェディングドレス着なきゃならないの?

 直視に耐えないんだけど。


 

「いやあ、助手君に何を着せるかは悩みどころでしたが、これはいいですね」

「なにがいいの?」

「筆が乗ってますよ」

「早いなあ……で、何でそんなにノリノリなの?」

「これは新衣装、本当にウェディングドレスでいくのもありかもね」

「だとしたら俺ストライキ起こすよ?」

「何でですか!?」



【夫婦漫才始まったな】

【確かに爆速でラフが描きあがってて草】

【助手君女装の姿か……可能性が広がるな】

【薄い本が厚くなるね】




 嫌だなあ。

 新衣装を実装したら、マーケティング的にしばらくはその衣装で配信しないといけないし。

 「助手君」は俺にとって分身も同然である。

 嫌だなあ、俺に等しい存在が、ウェディングドレス着るの。

 変態女装おじさんじゃん。



「助手君、わりと女装おじさんのVtuberもいるんですよ?」

「変態女装おじさん系Vtuberって実在するの!?」

【するよ?】

【俺の推しだぞ ¥3000】

【スパチャで圧かけに来てる人いて草】



 こくり、とうなずく月島を見ながら、俺は改めてVtuberというコンテンツの多様性に恐れおののいていた。

 

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