第43話「少女の望みは、たった一つ」
「それにしても、まさかわんださんがうちの生徒だったとはね」
「あ、すみません。言ってなくて……」
「いや、それは別にいいんだけど……」
椀田詩織。
正直関わりが薄いこともあって声すら覚えていなかった。
なので、彼女の正体に俺は全く気づけなかった。
「ところで、俺のこと、誰かに漏らしたりはしないよな?」
「大丈夫だと思いますよ?一応口止めはしましたし、彼女も同業者のリアル情報を勝手にばらまいたりはしないはずなので」
「まあ、そういうもんか」
リアルの情報は、Vtuberにとっては非常に重い意味を持つ。
Vtuberというのは表向きキャラクターであり、いわゆる中の人は存在しないということになっている。
ゆえに、リアル情報が漏れるというのが致命傷になりかねない。
いや、そもそも俺の場合はそういう問題じゃないレベルでまずい。
保護者の承諾を得ているとはいえ、教え子と同居しているわけで。
むらむら先生のファンやインターネットの住人に教師と教え子の関係であるとバレるのも、学校側や他の生徒に俺達の同居を知られるのも。
どちらも同じくまずいし、二人とも仕事を失う可能性が高い。
現状まだ書類を提出する時期が来ていないのでバレてないけど、それまでに何か方法を考えないとな。
「それはそれとして、コラボ、だいぶ盛り上がったなあ」
「そうですね、わんだちゃんのファンも、私達のファンも、とても喜んでくれたらしいです!」
登録者数も大幅に増えた。
応援してくれている人が増えているのは、単純に嬉しい。
結果が単純な数字になって現れるのは、Vtuberという職業のいいところだと思う。
「先生は、ここを出ていくんですか?」
「いつまでもここにいるわけにはいかないと思ってるよ」
いずれはこの家の近くにアパートを借りて一人暮らしをしつつ、ここに通うべきだと思っている。
今の暮らしは悪くないが、どうしたって月島の負担になる。
「わ、私はそんなこと気にしません。私は、私がやりたいからしてるだけなんです。私の望みは、たった一つだけなんです」
「望みって」
「それは、言いたくありません」
「どう――」
どうしてとは、訊けなかった。
訊いてはいけないことだと理解していた。
俺と月島が疎遠になった理由。
もちろん、俺が彼女を担任に持たなくなったことや、彼女が充実した生活を送るようになったという事情はある。
だがそれ以前に、もっと決定的な出来事があった。
「俺が、婚約しているからか?」
「…………」
返答は帰ってこなかった。
そして沈黙は、肯定と同義だった。
◇
話は数年前に遡る。
俺は、月島の学校復帰のために尽力した。
彼女は学校というよりは、外に出ることを嫌がる引きこもりになってしまっていた。
ゆえに、俺がやったのは外の世界に興味を持ってもらうこと。
スマホやタブレットの使い方を丁寧に教え、イラストをインターネット上に投稿することを勧めた。
高校大学時代、対戦相手の分析のために機材の勉強をしたことが活かされたな。
「先生!めちゃくちゃみんな喜んでくれてます!」
そうやって、笑顔が増えていった。
「先生、あの、私コミケに出てみたくて……一緒に参加してもらえませんか?」
教師と生徒が一緒に出掛けるのはいかがなものかと思ったが、理恵子さんが車で送り迎えをしてくれるというので、まあそれならいいだろうと考えて手伝うことにした。
コミケというイベントにかんして全くの無知だったため、苦労することも多かったが、無事に同人誌を完売することが出来た。
あれよあれよという間にむらむら先生が神絵師と言われ有名になったのは、コミケでの活動が多くの人に認められたからである。
(そろそろかな)
月島が、俺に対して心を開いてくれている一方で。
俺は内心、そんな風に考えていた。
月島は、まだ復学できていないが、既に引きこもりとは言えなくなっている。
俺は教師だが、学校がすべてだとは思っていない。
特に俺が勤めている学校は私立の進学校だし、ここを辞めて公立の中学校に行ったりするという選択肢もある。
教師と生徒。
ゆえに、どこかで手を離す日が来るだろうなと思っていた。
そんな時だった。
俺に恋人ができたのは。
合コンで出会い、仲良くなって、付き合いだして。
ほどなくして、俺達は婚約し、同棲を始めた。
恋人の証として、おそろいの指輪を買ってつけたりしていた。
「すみません、先生が悪いわけじゃないんですけど」
「今は、顔を合わせたくないっていうか」
「先生を見てると、辛いんです。ごめんなさい」
そんな風に露骨に態度を変えた月島を見て、俺は彼女の思いを悟った。
それゆえに、俺も距離を置いたのだ。
それから時は流れて。
俺が、すべてを失った時に。
月島は、俺を助けてくれた。
一番辛いとき、慟哭する俺の側にいてくれた。
困窮する俺に、仕事をくれた。
女性恐怖症になってしまった俺の、支えになってくれた。
それに対して、俺は感謝してきたし、伝えてきたつもりだ。
けれど、どうしてと訊くことはしない。
理由は、わかっているからだ。
どういう気持ちで、彼女が俺を支えてくれるのか。
「大丈夫だよ、月島」
「え?」
「俺は、もう、大丈夫だから」
俺は、語り始めた。
二週間以上前。
同居を始める前にあった、とある出来事を。
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