第42話「配信が終わった後に」
「今日はここまで。また来週も遊びに来てください」
「また来週ー」
いくつかマシュマロを消化して配信を終えた。
「いやあ、配信終わったねー」
「終わりましたねえ」
月島は相当疲れたのか、ぐったりしている。
「お、月島お疲れ。ご飯できてるけど、食べるか?といってもレトルトだけど」
「食べます!」
「それはよかった……」
同居を始める過程で月島がつかれて料理ができないときは俺がレトルトなんかを使って用意することになっている。
ていうか土曜日の晩御飯はだいたいそうだ。
正直配信やサムネイル制作、イラストレーターとしての仕事を考えれば無理もない。
なんなら家事に関しては基本的に俺がやるべきだと思っているのだが、月島がやりたがるので料理と洗濯に関しては任せている。
俺の服まで洗濯させるの普通に申し訳ないんだけどな。
「二人って同棲されてるんですよね?絵里ちゃんから聞きましたけど」
「どっ!」
「違いますよ」
急に楽器みたいな叫び声をあげた月島を微笑ましく見つつ、疑惑を払しょくする。
ていうか絵里って、月島の本名まで知ってるのか。
本当に仲がいいんだな。
俺達の関係性も誤解を含みつつも、ある程度理解しているみたいだし。
「同棲じゃなく、同居ですね。住み込みといったほうが適切なのかもしれません」
「じゃあ一緒に住んではいるんですね。同棲、ふわあ、これがてぇてぇ、てぇてぇだよ……」
おっと、失言だったかもしれない。
わんださんががっつり食いついてきた。
そもそも同居していること自体いう必要のないことではある。
「このことは内密に……」
「もちろんわかってますよ!お二人の夫婦生活を邪魔したりしませんって!」
「いや別に夫婦ってわけじゃ……」
あわてて、口をぬぐおうとしたが、それをする前に月島が俺の口元をぬぐった。
「ああ、悪い」
「いえ、気にしないでください」
「……お二人とも」
「な、なんですか?」
「何?」
「いやあ、てぇてぇなあって」
そういうものなんだろうか。
「そうだ、二人の時間を邪魔したらダメですよね!お疲れさまでした!」
「あっ、ちょ」
そうしてわんださんは通話を切った。
嵐のような人だなと思った。
「なんというか、ごめんね、その普段はあんなにテンション高くないんだけど……」
「いや、俺は別に……」
むしろさっきからずっと顔を真っ赤にしている月島の方が心配だ。
「俺たちの掛け合いを見るのが楽しかったのかもな。夫婦みたいって喜んでたし」
「もう、変なこと言わないでください……」
ぽかぽかと肩を叩いてくる月島に癒されながら、俺はチャンネルに書き込まれたコメントをチェックするのだった。
◇
わんださんとコラボをした翌週の平日。
俺は学校で月島を見かけた。
会った、ではない。
見かけただけだ。
茶髪のセミロングの生徒と話している。
そういえば、学校内で友人ができたと言っていた。
彼女がその友人なのかもしれない。
月島は、トイレに入っていき、トイレの前にはその友達だけが残された。
意外だな。
こういう時、普通は一緒にトイレに行くものだと思うのだが。
「いやまあ、気にすることじゃないか」
そもそもトイレに入っていく女生徒をじっと見つめる男性教師。
傍から見れば、通報されても文句は言えないだろう。
「?」
俺は視線に気づいた。
月島と話していた、トイレの前で月島を待っている女子。
彼女が、じっと俺を見つめている。
何か感づかれたのだろうか。
この場を立ち去るべきか。
しかし、逃げ出したと思われないだろうか?
「来た……」
なぜか女性とはゆっくりとこちらに歩いてきた。
ここまできたら逃げるわけにもいかない。
迎え撃つことにした。
髪を染めているが擦れた雰囲気はなく、むしろ
「日高先生、こんにちはー」
「おう、こんにちは」
受け持った生徒の一人なので、何とか覚えている。
確か椀田詩織とかいう名前だった。
かかわりは、さほどない。
担任を持ったこともなかったはずだし、話したこともないかもしれない。
まあ、月島絵里という存在がある意味特別なのであって、本来生徒と教師というのはそんなに関わらないものなのだ。
まして体育教師である。
補習はなく、逆にできのいい生徒に目をかける、ということもない。
本当にスポーツ的な面で有望な生徒はこんな進学校にはまず来ないしな。
だから、なおさら生徒一人一人のかかわりは少ない。
そういう意味では、月島は俺にとって特別な生徒だ。
不登校などで俺なりに手を尽くして関わってきた生徒は何人かいるが――彼女ほど深くかかわってきた生徒は他に存在しない。
きっとこれからも現れることはないのだろうと思う。
「あのー」
「うん?どうかしたか?」
椀田に声をかけられてふと我に返る。
なんだろう。
まさか体育教師であるこの俺に、質問などをしたいわけでもあるまい。
そして、月島の同級生ということは俺の受け持ちの学年でもなくなっている。
本当に何の用なんだろうか。
もしかすると、彼女がトイレに入らなかったのは俺にこうして話しかけるほど重要な用事があったからかもしれない。
「私が誰かわからないかな?」
「…………え?」
思い出した。
聞き覚えのある声だった。
綺麗で、天真爛漫で、無邪気な声。
教師として、教え子としてではない。
つい最近、別の仕事で関わっている。
「これからもよろしくね、パパ」
「…………あ、ああ」
椀田――犬牙見わんださんは、にっこりと笑うと、走り去っていった。
「廊下は走るの禁止だぞ――」
そんな俺の声は、きっと届かなかったに違いない。
「世間って狭いなあ」
そんな独り言もまた、きっと誰の耳にも入っていなかった。
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